もう一度最初からはじめる | ナノ

ボードゲームだけが異世界人にやさしい

 終わりの日は極力、普段通りがいい。
 友人と他愛の無い会話をし、また明日と挨拶して自室の扉を閉める。ベッドの中ではこれまでの人生をゆっくり回想し、翌日の予定を思い浮かべながら眠りにつくように穏やかに幕を引きたいと考えていた。

 いざその日が近付くとそう潔くはいかないもので、監督生は目を閉じることすら出来ず日記帳を捲っていた。我ながら丁寧に記録をしていたものである。ツイステッドワンダーランドに来て初めて迎えた朝陽の色や空気の匂いまで鮮明に綴られたその手帳は、角が欠けてカバーもボロボロになっていた。

「懐かしいなー、こんなこともあったっけ」

 異世界で目が覚めた瞬間のこと、事件に巻き込まれながらも友情を深めた時のこと、必死に生活費のやりくりをしていた毎日のこと。
 出来損ないのファンタジー小説のような日々の記録の中、唯一現実じみた文章にページを捲る手が止まる。「ボードゲーム部に入ることになった」。あの青い炎が脳裏に浮かぶ。
 監督生はキッカケは間違えなく例の事件だと思っていたが、読み返してみるとどうだろう。入部以降の日記には、各所にその人の優しさや魅力が散りばめられていた。もしあの一件が無くとも、自分は彼に恋をしていたかもしれない。

「……もう一回、最初からはじめられたらいいのに」

 そうしたらもう誰も傷付けずにすご過ごせるかもしれない。色褪せない半年間の思い出を笑いながら、懐かしみながら、胸を痛めながら監督生は呟いた。

 今日は自分の最後の日だ。自分には何も無い。ならばこの世界に来た時からの夢を見よう。
 ボロボロの日記帳を枕の下に置き、監督生は目を閉じた。





 目が覚めたら魔法が蔓延る異世界にいました。
 そんなこと家族や友人に言えば「まだ寝ぼけているのか」とでも言われるだろう。事実彼女自身も、性質の悪い夢でも見ているものだと考えていた。
 しかし夢は依然として醒める様子が無く、「オンボロ寮の監督生」としての異世界生活を送っている。そして早速ストレス性の胃炎に苛まれていた。

──アレが異世界から来た魔力ゼロの?
──噂には聞いてたけど実物やべー。デカ過ぎんだろ
──あんなバケモノと仲良くできる奴の気がしれねーわ

 登校中も授業中も食事中も、周囲の男子生徒がひそひそと自分の陰口を叩いているのだ。勝てるわけがない、食われそう。元の彼女であれば「あまりに自分に当てはまらない」ので耳にも入っていなかっただろう。

「気にすんなって。俺はお前がガタイに似合わず小心者だって知ってっからよ!」
「タッパがあるとカッコよく見えるよな! 僕もいっぱい牛乳飲んで監督生に追いついてやる!」
「あ、ありがと……」

 純粋でキラキラした瞳で高身長を見上げるデュースに負い目を感じる理由は彼女の正体にある。
 このナイトレイブンカレッジは全寮制の男子校である。学園長を名乗る仮面の男は、棺から引き摺り出された彼女を見るや真緑色の怪しげな小瓶を渡した。

──女子がいるなど学園の秩序に関わります! 男性になった自分の姿を想像して飲むように!

 どうせ夢なんだから規格外の高身長にでもなってやろう。
 そう思い真緑色を飲み干すや、体格はめきめきと形を変え、髪は短髪に縮んで声もうんと低くなった。その結果が今の2メートルをゆうに越える超長身である。当時の浅墓な考えに、監督生は何度後悔したことだろうか。
 この世界に来て何度目か分からない溜息を吐きながら長すぎる背筋を折り曲げ、監督生は昼食に用意した弁当をかき込んだ。

「つーか、監督生も部活とか入ったらナメらんねーんじゃないの? 折角そんだけ背高いんだしバスケ部入れよ! ダンクも余裕だろ」
「陸上もいいぞ! 監督生ぐらいのタッパがあれば棒高跳びの記録保持者になれると思う!」
「部活かー……」

 この学園で部活動に所属していない人間はほとんどいない。何らかの部活に在籍さえしていれば内申点は稼げるし免除される雑用も多いのだと二人が口々に語った。
 グリムは部活動に興味津々で、もし入部しようものなら監督生の話し相手はゴーストだけになってしまう。それに折角の異世界生活なのだから悩むより楽しんだ方がずっと良い。ただ、少なくとも馬術部とマジフト部には入られないと監督生は思う。

 ハーツラビュル寮長のリドル、引き続きサバナクロー寮のレオナもオーバーブロットを巻き起こしてしまった。それも昨日の今日の話であるから暫くは距離を置いていたい。
 そうで無くとも放課後の時間まで運動に費やそうものなら、この二メートルを行ったり来たりする身長は筋骨隆々になりますます他人が近寄り難い空気を醸し出す事だろう。暫く悩んだ監督生は「入るなら文化部かな」とその長身を屈めた。

「だったらサイエンス部とか。トレイ先輩もいるし気楽じゃね?」
「わた……僕、文系寄りだから化学はちょっとなー」
「軽音部とか映画部とか色々あるし色々見て回ってみろよ。それじゃあまた明日な!」

 終礼のチャイムを待って、クラスメイト達は蜘蛛の子を散らしたように各々の部室に走り監督生とグリムだけがポツンと取り残される。

「グリムはどこに入りたい?」
「料理部があるなら入りたいんだゾ!」
「男子校には無いでしょ」
「だったら俺様が作るんだゾ! 子分も入れてやる!」
「どうせグリムは食べる専門でしょ。それじゃあ寮にいる時と変わんないし遠慮しとこうかな」

 学費と宿は提供するが食事の面倒までは見られない。学園長の出した条件によりオンボロ寮の一人と一匹は極貧生活を強いられており、手っ取り早く食費から節約すべく食事はほとんど自炊で賄っているのだ。本当に自分は部活動なんかに時間を費やしていていいのだろうか。本日一番の溜息を吐きながらグリムの尻尾の付け根を叩く。監督生の気苦労を知ってか知らずか、グリムは「あばよ!」と残し窓から運動場に飛び出して行った。
 グリムには楽しい以外の感情が無いのかもしれない。自分の記憶も曖昧で、人間ですらないのにここまで日々を明るくに過ごせるのは感心ものだと監督生は思う。グリムの原動力たる大魔法士になると言う目標が異世界から来た自分にとってあまりに非現実的だからこそそう思うのかもしれない。

「あー記憶消して最初からやり直したい……」

 自分の記憶が連続しているから摩訶不思議な異世界に迎合出来ないのだ。ならば記憶を消して、入学式からやり直せたら魔法が使えないなりに頭を空っぽにして楽しくやっていける気がする。
 などと後悔と願望めいたことを考えながら監督生も教室を後にする。元いた世界ではよく音楽を聴いていた為に、監督生は手始めに音楽室に向かった。しかし音楽室からはこの世の物とは思えない大絶叫と何かが壊れる音が漏れており、そのまま踵を返す。
 続いて向かった映画部では部員から「遠近法を使うにしても無理がある」と断られ、監督生はとぼとぼと学内を彷徨う羽目になっている。異世界出身、魔法が使えない、二メートルを超える長身、オーバーブロット事件の関係者という肩書きは文化系の学生には到底受け容れられず、厄介払いをするように案内されたのは「山を愛する会」などと言う胡散臭い同好会だった。

「部活探しってこんなに大変だったっけ……」

 それでも今の監督生にとっては有難い話だ。部活未満の同好会ならば元の世界の学校にも何個か存在していた。その大半は会員同士の距離が近くて仲が良く、加えて顧問もいないので気楽な筈だ。

「失礼しまーす、見学希望なんです、が……」
「おやおや、喜ばしいですね。かの有名な監督生さんが山に興味をお持ちとは」
「間違えました!」

──オクタヴィネルの双子には気を付けろ
 この学園生活で幾度と無く耳にしたフレーズを思い出し、監督生は開きかけのドアを閉めた。筈だったが、足の長いその男は隙間に腕を捻じ込んでドアノブを引く。スリムな見た目とは裏腹に強烈な力強さに監督生は本能的に危険を察知した。
 性別入れ替え薬によって長身に成り果てた自分とほとんど同じ目線のその男、ジェイド・リーチは持ち前の胡散臭い笑顔のまま監督生を椅子に促した。押しに弱いのは故郷の人間の気質だ。おずおずと腰を掛けた監督生に、ジェイドはクスクス笑いながら紅茶を差し出した。

「安心してください。毒は入っておりませんので」

 猫舌を誤解したのか、ジェイドは先んじて紅茶を口に含み「ほら」と笑う。さすがヤバい双子と言われるだけあって発想が不穏だ。どんなに物腰柔らかでもどんなに丁寧な態度でもどこか黒い物を感じる。
 会釈をし、熱さに涙目になりながら監督生は紅茶を口にした。淹れたてのカモミールティが緊張を和らげていく。
 一息を吐く監督生を差し置いて、ジェイドは聞かれるでも無く「山を愛する会」の活動内容を語り始めた。登山を介して自生するキノコや山菜を収穫するのがメインのようである。

「菌糸類とは奥深い物です。例えばこの燃え上がる炎のような色合いをしたキノコ! これは1ミリグラムでも摂取しようものなら全身に刺すような痺れを起こし十五分と待たずに呼吸困難を引き起こす劇薬で──」
「すみません、登山みたいなアクティブな部活には興味が無くて……」

 もし監督生が元の女子姿のままならば、放たれる不吉なオーラに負けてなし崩し的に入会を決めていたに違いない。しかし今の彼女はジェイドの長身を見下ろせる程のガタイを持っている。
 意を決して行った反論に、ジェイドは「おやおや」と底の見えない笑顔を見せ付けた。嘘だ。やっぱり怖いものは怖い。

「す、すす、すみません! 冷やかしとかじゃなくて、あの……ほんっとすみません!」
「そこまで怯えないで下さい。まるで僕が脅迫しているようじゃありませんか」
「(脅迫以外の何にも見えない)」

 縮こまる監督生の肩に背後から手を掛けたジェイドは、しかし紳士的に「どのような部活を御所望なのですか?」と問い掛けた。改めて聞かれると分からない。
 度重なる入部拒否を経て、監督生は「薬が切れるまでの時間を潰せたら何でもいい」と考えるに至っていた。敢えて言うならばと監督生は頭を捻る。

「出来るだけ身体を動かさなくて済んで、楽なところ……? って、そんな部活あるわけありませんよね。僕みたいな異世界出身の魔力ナシ問題アリな生徒が入ってもお邪魔でしょうし素直に帰宅部続けます」
「ある、と言ったらどうなさいますか?」

 上品に口元に手を宛てがいながらジェイドが含み笑いをした。ここから安全に抜け出せるのであれば最早運動部でも構わない。「案内してください!」立ち上がった監督生は偽りで出来た高身長を極力屈め、上目遣いで手を合わせた。





「アズール、入部希望者を連れて来ました。行く宛が無くお困りのご様子でしたので」
「これはこれは、異世界からの来訪者さんではありませんか!」

 広い教室の後列でその人は優雅に読書を嗜んでいる。銀髪の下に知的な顔立ちが眩しい男子生徒は、監督生とジェイドに比べると随分小柄に見えた。
 アズールと呼ばれた男はインテリっぽく眼鏡を左手で持ち上げ監督生に会釈する。気品あふれるその仕草に、この学園の生徒は皆貴族か何かなのだろうかと監督生は思った。見様見真似でお辞儀する監督生の背後でジェイドが笑う。

「初めまして。二年生のアズール・アーシェングロットと申します。まさかこのような形で貴方と知り合えるとは思っておりませんでした」
「それではアズール、僕は山に行きますので監督生さんを頼みましたよ」
「シフトまでには戻って来るんだぞ」

 ジェイドの退室を見送ったアズールは、早速監督生を隣席に促した。
 先の軽音部、映画部の拠点とは打って変わってこぢんまりとしたこの部屋は隅に至るまで掃除が行き届いており、部室と言うよりは少人数授業の教室を思わせる。ひょっとしたら部活ですら無いかもしれないと感じ監督生は肩を竦めながら「もしかしてここって」と小声で問い掛けた。

「ここって、生徒会室とかですか?」
「はあ、ジェイドのやつ、何も話していないとは困ったものですね。ボードゲーム部ですよ」

 言われてみればアズールの手元の本には何かの盤面図が描かれている。
 先の山を愛する会よりはずっと馴染み深い響きに心を開き掛けた監督生であるが気を引き締めた。かねてより「ヤバい」と噂されるジェイドの知り合いなのだ。まともな筈が無い。
 促された席には座らず、部屋の隅に立ったまま監督生は断り文句を探していた。

「どうされたんですか? 体調が悪いのでしたら保健室までご一緒しますが」
「いえ、そうじゃなくて……わた、僕って頭使うの苦手だからボードゲームは無理かなーって」
「それは残念です。異世界の陸のゲームには興味があったのですが」

 わざわざ「陸の」と言ったのには魔法の世界ならではの理由があるのだろうか。その疑問より先に監督生は新鮮な感覚に歓喜していた。
 醒めない夢に飛び込むこと一ヶ月、最初こそ「異世界ってどう言うところなんだ?」と転校したての生徒のように質問責めを受けていたものだが、ここ最近は周囲の興味も冷めたようですっかり問い掛けも減っていた。
 ともすれば元いた世界の事を忘れてしまいそうな中で、こうも目を輝かせてくれる人物は貴重である。

「えっと……スゴロクとか囲碁将棋? カードゲームだったら花札とかが有名ですね」
「スゴロクと言えば、ハッピーライフゲームのようなものでしょうか。しかし、イゴショーギ、ハナフダとは聞いたことがありませんね。興味深いです」

 改めてボードゲームと言われると答えに詰まるものがあった。幼い頃はよく友達や家族とプレイしたものだが、ある程度の年齢になれば「遊び」はもっぱら街へ出掛けたりスマートフォンを弄る事に変わっていく。
 先に述べたゲームの概要を告げる監督生を、アズールはやはりキラキラした瞳で聴き入ってくれた。魔法も夢も無い元いた世界でも自分にとっては故郷なのだ。懐かしさと嬉しさに溢れ、監督生は必死にアナログゲームを回想した。

「サイコロを使う簡単なゲームでちんちろりんとか。流行ってるのだったら5スロと1パチ……って、これはボードゲーム関係ありませんね」

 5円スロットと1円パチンコを思い浮かべながら監督生が苦笑する。が、アズールはここまでの冷静な態度を一変させ身を乗り出した。

「そのゴスロとイチパチとやらから商売の匂いがします! 詳しくお聞かせください!」
「確かにお金にはなると思いますけど……」
「やはりこのマンネリ化するボードゲーム部には監督生さんのような人材が必要だったのですよ! さあ、入部書類にサインを! と言っても、ほとんどが幽霊部員ですので実際に活動しているのは僕含めてたったの二人……面白味は無いかもしれませんが」

 もし最初に見学に来た部活がここであれば、監督生は身じろぎながら「失礼します」と部室を後にしただろう。ただこの一日で彼女は幾度と無く門前払いを食らっている。
 アズールのことは確かに不審ではあるが、ここまで自分を求めてくれる彼に彼女もまた一抹の希望を抱いていた。その上部員は二名、軽音部と違って静かに、映画部と違って長身を気にせず時間を潰せるなどまさしく希望通りだ。

「こちらこそ願ったり叶ったりです! よろしくお願いします、アズール先輩!」
「契約成立です。これからよろしくお願いしますね」

 二つ返事で入部書類の記入を済ませた時、教室の扉が力無く開く音がした。まさかジェイドが「やっぱり山を愛する会に入れ」と連れ戻しに来たのではあるまいか。
 どうかそうではありませんように。祈るように振り返った監督生はまた言葉を失うことになる。

「乙ー……ってその長身はもしや」
「オンボロ寮の監督生です。今日からよろしくお願いしま――」

 扉を開けたのは、世にも奇天烈な燃え上がる髪と真っ青な唇をもつ神秘的な男性だった。
 さすがは魔法の世界、身体的特徴すらファンタジーなのか。この異世界で会ったどの人物より異質な外見をしているのに何故か心が安らぐ気がした。燃え上がる髪を見ていると懐かしいような、落ち着くような不思議な心地になる。
 ぽかんとする監督生を視界の隅に置きながら、その男は背中を丸め何やらボソボソ呟いている。

「新入部員とか聞いてないんですが……」
「たった今入部が決まりましたので。監督生さん、こちらが部長のイデア・シュラウドさんです」

 イデア・シュラウドはイグニハイド寮長を務める三年生で、魔法工学の世界で知らない人はいない異端の天才である。ただその御尊顔を拝見出来る機会は一般生徒にはほとんど与えられていない。
 「要は引きこもりです」などと言うご無体な言葉でアズールによる他己紹介が完結した。青白い顔色を更に白くさせながらイデアは視線を迷わせている。

「すみませんね。イデアさんは人見知りが激しいんですよ。何と言っても授業すらリモートで済まして顔を出さない程で」
「あ! もしかしてあの浮いてる板の人ですか!」

 式典や授業でタブレットが浮いている様ならば見覚えがある。てっきり身体が弱い為にリモート授業を受けているのだと考えていたが、目の前の男は顔色こそ悪いものの健康面には問題が無さそうだ。
 元の姿で対面すれば結構背の高い人なのだろう。彼の燃え盛る髪を見下ろしながら監督生は手近な椅子に座った。距離が近寄れば不思議な安心感は増し、このまま眠るとどんなに良い夢が見られるだろうかとさえ思ってしまう。

「浮いてる板とか草なんですが。しかし噂には聞いてたけどデカ杉内」
「異世界では標準体型とのお話ですよ。まったく、陸は興味深いものです」

 大きく距離を置いて座ったイデアは監督生をしげしげと眺めた。入学して一ヶ月、この反応も逆に新鮮だ。それと同時に改めて「身長を高く設定し過ぎた」と入学時の自分を呪いたくなる。
 物理的にも心理的にも距離のある二人を見兼ねたアズールが監督生を部室後ろに引っ張った。ここが備品の一時保管場所だと指されたロッカーには見知ったボードゲームの箱が積み重なっている。

「本当はもっとたくさんあるのですが、いかんせん小さな文化部ですので。入り切らない分はイデアさんの自室に置いていただいているんですよ」
「へー、そうなんですね……あ、オセロだ」
「オセロ? リバーシではなく?」

 オセロがどこだかの会社の商標であると言う豆知識を思い出しながらハッとする。バスケットボールや陸上競技、先程のカモミールティしかり、この世界と自分のいた場所には共通するものが結構存在しているのだ。
 監督生自身ボードゲームマニアでは無い為にどれがツイステッドワンダーランド独自の代物かは分からないが、一番に反応したオセロこと「リバーシ」の箱を手に取ったアズールがそれをイデアの前に置く。にやりと笑う横顔が怪しい。

「それでは入部テストといきましょうか。監督生さんとイデアさんの一騎打ちです」
「アズール氏!? この部活はそんなに本格的なものではなく……!」
「ならば交流戦ですね。折角の部活動ですから、仲良くしたいとは思いませんか?」
「で、でも……」

 緑色の盤面に磁石を挟んだ白黒の駒が映える。丸め込まれるようにイデアは向き直ったものの、どこか歯切れの悪い声を漏らしている。もっと堂々としていれば、異世界でも元いた世界でも引くて数多な男性なのに。神秘的でミステリアスな外見とは違い随分と気が小さい人だと監督生は感じた。
 ただそんな中でも監督生は高揚を隠し切れずにいる。このゲームには必勝パターンがある。盤面内部の四点に囲まれたフィールドから先に出てしまった方が負けるのだ。

「もしかしてイデア先輩、僕に負けるのが怖いんですか? だったらアズール先輩とやるからいいんですけど」
「……言いましたな?」

 売り言葉に買い言葉とはよく言ったものである。幼稚な挑発にまんまと乗ったイデアは先攻の黒い駒を盤面に叩き付けた。





「はい雑魚乙、また拙者の勝ち」
「嘘……何かの間違えです! もう一回!」
「一体何戦目ですか。そろそろ僕も参加したいのですが」
「アズール先輩は黙っててください!」

 負けた。完敗だ。
 四つ角を取っても先攻を取ってもゲームはイデア操る白や黒の駒一色にされ、少しの勝機も見えない。「さすがは異端の天才」と最初こそ感嘆を漏らしていたアズールも十戦目を超えた辺りから頭を抱えている。

「こんなに強いとかズルですって! 信じらんねー!」
「負け犬の遠吠え乙ですわー」

 先程までのおどおどした口調はどこに行ったのか、一昔前にインターネット上でよく目にした古いスラングを多用するイデアに最早ミステリアスな面影はカケラも残っていない。
 再戦を希望する監督生に対し、イデアは「完勝も飽きたから別のゲームでもしますか」と立ち上がった。すれ違い様にイデアの骨ばった手がわしゃわしゃと監督生の髪を撫でる。まるで小さな子供をあやすような態度が彼女の対抗心に油を注いでいく。

「君って見るからに頭悪そうだし、運要素が絡むゲームの方がまだ勝ち目あるんじゃないかな。トランプって見たことある?」
「トランプは元いた世界にもあるからわかりますけど、一言余計です!」

 あくまで小馬鹿にする態度を改めないイデアはロッカーからトランプを取り出し「ババ抜きってわかる?」とカードをシャッフルし始めた。確かにそれならばアズール含め三人でも問題無くプレイできる。
 割り振られた手札を広げながら、今度こそはイデア・シュラウドに買ってやると息を巻く。カードは見るからに新品なので二人の部員にアドバンテージがあるとも思えない。
 
「また監督生さんの最下位ですか。あなた、折角長身なんですからフロイドとバスケでもしていた方が有益では?」
「ここまでわかりやすくて純粋な生徒がナイトレイブンカレッジに入学するなんぞ闇の鏡もとち狂った選定をするものですなあ!」
「今に見てて下さいよ……!」

 が、監督生は当然のように二人に連敗を重ねていた。「折角の部活動だから仲良くやりましょう」と提案したアズールでさえもその見事な負けっぷりに煽り文句を吐く始末だ。
 将棋ならルールを知らないであろう二人に勝てるかもしれない。似たような盤が無いかと必死にロッカーを漁る監督生であったが、投げかけられたのは無情なチャイムの音だった。

「さて、本日の部活動はお開きですね。そろそろラウンジに戻らなくては」
「拙者もオルトの定期メンテに戻りますか」
「明日は絶対勝ちますから! 首を洗って待ってて下さい!」
「東洋式の捨て台詞は草。ま、何が来ても拙者の勝ちは目に見えてますが」

 監督生の考えを見透かしたようなセリフを以って、イデアはひらひらと手を振り教室を出て行った。全ゲームで二着に落ち着いていた様子を察するに、アズールがわざわざ書籍を購入してまで研究していたのは恐らくこの男の所為だろう。
 早速購買部で「ボードゲーム必勝法」なる本を購入した監督生は、オンボロ寮に帰るや翌日に向けたイメージトレーニングを始めた。絶対にイデア先輩に圧勝してやりたい。血眼になって本を読み耽る姿は女の身体に戻っても鬼気迫るものがあったらしく、その日グリムとゴーストは珍しく静かだった。

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