「さて、そろそろ頃合いだと思うのですが」
「あ? 子守のせいで今疲れてんだよ。少しは気ィ遣えねえのー?」
テルミさんが寝そべっている、と言っても身体は私の物だ。
この事象では今の所レリウス大佐と一部の人間しか知らない事実であるが、私とテルミさんは奇妙な関係にある。実体を持たないテルミさんの為に「ハザマ」が作られて、精神の一部を間借りさせているような状況だ。とは言え自分自身、テルミさんの器になるために作られたわけだから拒絶する権利もない。
ただこの口の悪い精神体との間柄より、私とミョウジの方がよっぽど奇天烈な繋がりだ。したがってミョウジとテルミさんはそれを上回る程訳の分からない縁にある。
「テルミさんの立場でミョウジを見ているとますます分からなくなりましてね。大体不公平なんですよ。あなたは私とミョウジを最初から観測ているのに私だけテルミさんの本心を知り得ないのですから」
「取っちまう気はねぇし別にいいだろ」
「そのミョウジをどうして気に掛けるのかと聞いているんですが、お分かりいただけません?」
ミョウジならば今日一日の出来事に身体が追い付いていないらしく、帰宅するなりソファで爆睡してしまっている。この様子なら朝まで目を覚まさないだろう。
テルミさんは私の身体を以て、ミョウジが抱き締めて離さない自分の上着を引っ張りながら「仕方ねえな」と悪態を吐いた。
「……話してやろうと思ったけど長くなるからやっぱパスで。ちゃんと準備出来たら嫌って程長々と語ってやんよ」
「はあ……予想はしていましたが酷い言い草ですね。つまり」
つまり自分は、また明日からあのミョウジの子守りをすれば良い。
頭の悪いミョウジとは違いその台詞が何を意味するかは理解しているつもりだ。準備さえ整えばテルミさんは簡単にこの事象さえも捨てて勝手気ままに計画に向け新たな道標を辿ってしまう。
残された時間が何年か、何日か、いいや何分かも分からない。不明瞭な世界に取り残されることには慣れていたが、今更ミョウジのいない事象に戻ることができない自分もいる。
ところでテルミさんとは見える景色や聞こえる音だけでなく精神までもリンクしていた。そんな彼が、いつになく繊細な視線を私に送った。
「……今のハザマちゃんと俺様、最高に似てるぜ?」
「できれば聞きたくなかった事実ですね。さて、私はミョウジの朝食の支度でもしましょうか」
嫌な事は考えるなと、昔ミョウジに教えた事がある気がする。そのせいでここまで危機感無い阿呆に育ってしまったのだが自分も彼女に見習うべきではなかろうか。
無言で意識を委ねたテルミさんを背景に巡り来る最悪の想定を蹴散らした。今はただ、ソファからずれ落ちる情けない女性が幸せであれば良い。