「で、どっか行きてぇとこでもあんのか? 神社か?」
「神様と神社になんて行きません! 神様同士ケンカしちゃうから、よその神社のお守りも持ってっちゃダメなんですよ!」
「だから俺様は神じゃねぇっての。とりあえず飯食いに行くか」
「は、はい!」
緊張しているのか、ミョウジはそれから口籠ってしまった。テルミさんが気を遣って(あのテルミさんが気を遣って!)話題を持ち掛けても、ガチガチに固まって「はい」「そうです」とか全肯定の返事をするのだ。
私に対してもこれぐらい初々しかったらどれ程可愛いものだろうか(多分爆笑してしまうことでしょうけれど)。
「ここでいいだろ」
「こ、こんな高そうなところ……!」
「レリウスの野郎から小遣い貰ってんだから気にすんな。ほら、そこ足元段差になってるから気を付けろ」
「あっ、はい!」
客観的に見てみればテルミさんは結構紳士的なところがあった。恐縮してメニューを決めかねているミョウジを気遣って強引に注文をしたり、陽が照ってきて暑そうなミョウジの上着を取り上げてみたり、少しでもミョウジが街並みのショーウィンドウを眺めると使いもしないのに理由を付けて店に入ってプレゼントしたり、これではまるでただの良い男だ。
「手、出せ」
「え?」
「人が多いからはぐれるかもしれねぇだろ。嫌なら裾でも握ってろ」
「繋がせて頂きます! それから一生手を洗いません!」
「いや、ちゃんと洗えよ……」
ユウキ=テルミという人物を知り尽くしているからこそこの甲斐甲斐しさに鳥肌が立つが、彼を文字通り神のように崇めているミョウジの目には、一体どのように写っているのだろうか。
全肯定に気疲れしたのか、日が暮れる頃合いになるとミョウジの顔は青白く染まっていた。当然それをテルミさんが見逃す筈も無い。身長差から来る威圧感を覚えさせないよう極力自然にテルミさんは屈んで、ミョウジと目線を合わせた。
「連れ回しちまったな。疲れただろ?」
「い、いえ全然!」
「いつまで緊張してんだよ。暗くなってきたし休憩するか」
「90分4500円?」
「看板読んでんじゃねーよ」
公園のベンチに二人で腰掛ける。ここはミョウジが幼い頃一度来た場所だった。まだ懐いていなかったミョウジを無理矢理ブランコに乗せたものだから、誘拐犯と間違えられて職務質問を受けて以来訪れたことはなかった。もう随分昔のことできっとミョウジは覚えていないだろう。
どうやらこの記憶はテルミさんには無いようで、彼はあくまで新鮮に「ブランコ乗るか?」と戯けていた。あの日以降改修されていないようで、ギーギーと不愉快な音を鳴らすソレに腰掛けた二人は文字通り程良い距離感を保っている。
宵闇に替りつつある公園で、先に口を出したのは当然テルミさんだった。
「あーマジ疲れた。なあ、俺様といて楽しかったか?」
「ここ、昔来たんです」
「あ?」
「ハザマさんと、でもあの時わたしハザマさんのこと怪しい人って思ってたから全然楽しくできなくて」
「今でもハザマちゃんは十分怪しい奴だろ」
「上着ください」
「これも羽織っとけ」
急に冷え込んできた空気にミョウジは身震いしていた。腕のベルトをガチャガチャ外して、テルミさんはミョウジに上着と自分のローブを被せて立ち上がる。
覚えてんじゃん、とテルミさんが小声で話し掛けた。この一日で私はガラにも無くしょうもないことに焦ったり、妬んだり、それが一言で解けていく様がまたしょうもなくてもう笑いも出ない。ただテルミさんは普段の様相と一転異なり、嘲るでも無くただ感慨深く私に話し掛けている。
「ありがとうございます」
「頼むから聖骸布とか言って飾んなよ」
「飾りません! 丁重に保管します!」
「やっぱ返せ」
「神の匂いがする! ……ハザマさんの匂い?」
「あ、いや、それは!」
「わたしの上着からかなあ。一緒に洗濯しましたし」
「それだよそれ!」
テルミさんに比べたら随分背の低いミョウジは、あのローブを羽織ると丈の長いワンピースを着ているように腰を掛けた足元まですっぽりと包み込まれてしまった。それを横目で見ながらポケットにベルトをしまい込む。
「怪しかったけどわたし嬉しかったんです。この人見た目は怪しいけど優しい人なんだーって、あれからお外で遊ぶことって無くなっちゃったんですけどね」
「もう公園遊びって歳でもねぇしな」
「じゃあ何遊びですか?」
「大人の遊び?」
「麻雀! 競馬!」
「もっと他にあんだろ」
単純で純粋で馬鹿な子供がそのまま大きくなってしまったミョウジのことを、一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしくなった。
それからミョウジは、折角テルミさんといるというのに私の話ばかりしていた。と言っても私のことなんてテルミさんは一部始終を観ているのだから全て知った話ではあるのだが、さも初めて聞くかのように新鮮で、かつどうでもよさそうに頷いてくれている。これではやはり良い男だ。
陽は完全に落ち切って、それでもミョウジはほぼ無反応の(しかし子供を見るように笑っている)テルミさんに何ともない話を持ち掛けては嬉しそうにしている。あれほど緊張していたことが嘘のようにミョウジの口はすらすらと話題を掘り当てていた。ただこれはテルミさん相手だからいいのだが、他の衛士に、たとえばマコト=ナナヤやノエル=ヴァーミリオンあたりにも話していたらたまらない。
「ナマエちゃんってマジでハザマちゃんのこと好きだよな。アイツもああ見えていつもミョウジがどうとか言ってるし」
「ハザマさんが? そんなまさか!」
「今日だって気が気じゃなかったんじゃねぇの? 後でからかっとくか」
「ユウキさんにいつでもお会いできるハザマさんが恨めしいです」
「あとはあれだ、もう用が無い時は会わねえからな」
「用って?」
ミョウジは純粋に、ただ質問するだけの目的でテルミさんの目を見詰めている。思えば用とは何なのだろう。そもそもミョウジという人物を拾い上げたのは昔の女に似ているからだ、などと言うのは自分のただの憶測に過ぎなかった。そうだとしてあの当時のミョウジは幼かったし、テルミさんに昔の女だなんて、そしてそれを引きずっているなんて想像に難い。
「ユウキさん?」
「……やっぱ違うわ。俺にとってもお前にとっても」
「何の話ですか?」
「こっちの話」
難い筈だったのだが、テルミさんは何かを懐かしみ縋り付くような遠い目をしていた。
「あー……俺様もう帰るわ。ハザマちゃんに迎えに来るように言っとくから暫く待っとけ」
「あの、無限回あってもわたしダメな人間なんでしょうか!」
無限、その言葉にテルミさんは唇を噛んだ。恐らくミョウジはその言葉の意味を理解していない。概ねレリウス大佐あたりから仄めかされた何らかの発言を自己流に解釈したのだろう。
ただ無限回とは言い得て妙である。何千何万と終わりの見えない事象を繰り返し続けるテルミさんにその言葉が刺さるのも当然だ。
「別に駄目だなんざ思ってねえよ。今日だって悪くなかったし……ナマエちゃんは?」
「わたしも楽しかったです! 神とか信仰とかじゃなくてユウキさんって普通の人なんだって思って。だからまたお会いしたいですし、あと……」
ミョウジがローブを抱き締めてニヤニヤしながらこちらを見ていた。テルミさんはといえば、その様子を見るまでは和かだったが、逆光に映る狂信者に冷や汗をかいている。
「聖骸布はイエスの遺体を包んだものだからちょっと語弊がありますよ! ユウキさんは生きていらっしゃいますから!」
「……間違ってねぇよ、ばーか」
生きていると言えば語弊があるが、ミョウジは妙に勘の良いところがある。このままテルミさんがひとりでに「ナマエ=ミョウジに目を掛ける理由」について語ってくれでもしたら本日はいっそう実りある日になるのだが、現状ミョウジの前を自然に去ることに手一杯らしい。
「じゃあな」
「お気を付けてー! ユウキさん、今度はもっと遠出しましょうね!」
ミョウジに預けた上着を取り上げてテルミさんが立ち上がる。「あとは勝手にしろ」と頭の中に声が響いた。