アセムの矛盾 | ナノ

記憶を奪う天使よ


 何か重要な事を忘れている気がする。

 また変な夢を見た。内容は忘れてしまったけれど、恐らくわたしの生活に直結するような、重大で、これまでの人生の理をひっくり返すような、いやいやソンナ筈がない。人間なんてそう簡単に変えられないのだ。
 あと何故か誰かを忘れている気もする。わたしってこんなに忘れっぽかっただろうか。記憶障害ならばもっと生活に支障を来している筈だし、ある特定の記憶が蝕まれるとなればひょっとしたらひょっとする。

「ナマエさん、例の件はまとめてありますよね」
「ハザマさんグリモワールとか持ってません?」
「何を言い出すんですか……」
「記憶に無いんですよ」
「いい加減にして頂かないとタダでは済みませんよ」
「わたしは悪くないんです! サルガタナスに記憶を奪われたに違いないんです!」
「ミョウジ少尉減給三ヶ月処分」
「証明して見せますので!」

 かくしてわたしは喪った記憶を求める旅に出かける、筈だった。この流れならば例の如く各地を走り回って的外れ(自分で言うのも癪だ)な言動を繰り広げ、終いにハザマさんのお迎えが来るのがわたしの日常であるのだが今日の彼はそうさせなかった。
 勇んで部屋を飛び出したわたしの襟首は緑と黒の鎖で引きずり戻されて、椅子に雁字搦めに拘束される。肌に食い込むこの鎖は何かの本で読んだ代物にひどく似ている。

「あ、教科書」
「今度は何ですか」
「この緑のやつ教科書で見ました。なんか歴史の……」
「(マズい)」
「もしかしてハザマさんアンドロメダの鎖をお持ちなんですか!」
「何ですかそれは」
「このままわたしを生贄に捧げるのね! 酷いわ!」
「……貴女が馬鹿で幸いでしたがろくに授業も受けずに卒業した事実に胃が痛みます。統制機構も堕ちたものですよ」
「じゃあグレイプニール?」
「それは縄ですが」
「何だっけー! ツバキに聞いて来よう!」
「絶対にここから放しません」

 ギチリと鎖が強くなる。この拘束下で何の仕事をしろと言うのか。
 最近わたしは夜な夜な出掛けようとする度にこの鎖に邪魔をされている。一日家を開けるだけなのにハザマさんは食事から飲み物、ひいてはお風呂上がりのアイスまで用意してくれて絶対に家から出なくてもいいように設備を整えていた。
 ケーブルテレビの契約をして、新しいゲーム機まで買って、甘やかされているというよりは軟禁されているような気分だ。ただそれがこの人なりの心配の仕方だと思ったら悪い気はしなかった。

「それで、何やるんでしたっけ」
「先日お話ししていた決まり事ですよ。忙しくて忘れかけておりましたが、どうせ雛形の作成などされていらっしゃらないでしょうし」
「あ、それだ!」
「……何ですか」
「ずっと忘れてたのって多分それです。そうに違いない」
「後から文句を言われるのも癪なのでよろしく頼みますよ」

 確かにそれはわたしの生活や人生の根幹を揺るがしかねない。なんとなく引っかかるところはあるが、丁寧に取り組まなければなるまい。

「期限は!」
「本日17時です」
「あと30分……あ、図書館行きません?」
「仕方ありませんね」

 かくしてわたしは何か引っかかるところはあるが図書館の図書館に向かう。いざ参らん、我々の戒めを決める書物よ!





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