アセムの矛盾 | ナノ

初心(都合の悪いこと以外は)忘るるべからず


 初心に帰ることや童心に戻ることはご飯を毎日食べるのと同じぐらい大切だ。わたしは何を信仰しているのか。何に感謝して生きているのか。真剣に紙にまとめていたらハザマさんからしこたま怒られた。

「重要な契約書類にラクガキをするのはやめなさい! いくつになっても子供のままですね」
「童心は大切なんです! 返して! それわたしの人生の指針なんですから」
「ご飯、ユウキさん、おやつ、デザート、数珠、おかし、お風呂上がりのアイス……はあ」
「生きる糧!」

 まずは無くてはならないものをまとめていたのだが、ハザマさんときたらそれを見て盛大な溜息を吐いた。失礼な、ハザマさんはご飯を食べなくても仏壇に手を合わせなくても生きていけるというのか。
 この人ならなんとなく食事は週に一回ゆで卵を丸呑みするだけで問題無いだろうなアと思わないこともないけれど、わたしの人生の道標はいとも簡単に取り上げられて表面だけコピーを取られて捨てられた。

「重要な契約書類がコピーで充分だなんて世も末です」
「あなたが後生大事に抱えている聖書も印刷所のコピーですがね」
「いつか死海文書の原典を手に入れるんです!」
「最近は大人しいと思ったらすぐこれです」

 あの日大慌てで迎えに来て以降なんだか申し訳が立たなくてわたしは統制機構内で大人しくしている。少なからず目の届く範囲にいたら安心するようで、しかし日数が経つ度にハザマさんの求めるもののラインが高くなっていった。
 生きていればいいから近くにいればいいになって、それから勝手なことをしなければいいとこれではまるで、まるでアレだ。

「わたしはハザマさんのペットではありません!」
「そんなつもりはありません!」
「家出です!」
「ああもう、ならばルールを決めましょう!」
「望むところだハザ公!」

 そして初心に帰ることになったのだ。
 そもそも男女が寝食を共にするという時点で神への謀反であるが、わたしには身寄りが無いのでそこは保護者ということで恩赦を受けられるであろう。しかし大変なことに、わたし達にルールというルールは無かった。なし崩し的に統制機構まで連れて来られて最初の頃はそれはそれは反抗したというわたしに、ハザマさんは何でもいいからせめて食事だけでもしてくれたら結構という海のように寛大な心で接していたという(わたしにこの当時の記憶はほとんど無い)。

「まず第一に、変な物への信仰を辞めること。第二に奇怪な行動を取らないこと。第三に起床は六時就寝は二十三時、家事は分業とし月の小遣いは泣いても喚いても……」
「ストーップ! そんな一方的かつ厳しすぎる戒律強要するなんて、ハザマさんは独裁者ですか? ヒッ」
「それより先は言わずも分かりますので。大体これぐらいの決まりは社会人、ひいては人として当然のことです。どの世界に上司から毎朝着替えの世話までしてもらう部下がおりますか」
「ハザマさんがわたしの部下という発想」
「あんまりふざけていたら締め出しますよ」
「DV野郎!」

 しかしまあ一理ある。あの時は朝起きられるようになったと言ったものの、士官学校を卒業して数ヶ月が経ち叩き込まれた生活リズムは徐々に崩れ、今や始業時間を13時に変えてくれと志願書を出した次第だ(無論却下された)。
 しかしハザマさんが一方的に条件を叩き付けるならばわたしにも考えがある。現代社会においては議論と双方の合意が重んじられるのだ。

「明日までにわたしなりの戒律を用意します。それから話し合って決めましょう」
「話し合いとはミョウジも良い提案をしますね。わかりました、明日改めて話し合いましょう」

 その前に、とドッサリ渡されたのは提出期限が明日に迫った書類等々であった。ふざけ過ぎていたがわたしも今や統制機構諜報部の一員、いつか全員を顎で使える立場になってやるぞ。





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