とは言え一人が休むと一人が働く万年人員不足の諜報部では、マコトと遊ぶこともままならない。ノエルだってその日は仕事だというし、この間の猫のお姉さんには連絡すらつかなかった。友達がいないのはわたしなのかもしれない。ハザマさんを失って、特段やることがないので街に出ることにした。
街に出たところでやることがない。目的が無くても腹は空く。貯まりに貯まっている筈のお給料は全てハザマさんに管理されていた。以前新興宗教に貢ごうとしていたところを止められて、それからわたしの財布の紐はハザマさんが握っているのである。
なけなしのお小遣いを手に、出来る限り安い店を探していると自ずと階層が下がっていく。第四階層、第五階層、どんどん物騒になっていくなア。街並みもゴチャゴチャしていって、探検家みたいな気持ちになってきた。探検にはお供が必要だ。出来れば動物が良いけれど、優秀な助手(たとえばわたしのような!)だったら尚更好ましい。きびだんごを買おう。
露天商で買ったよもぎ餅の袋をぶら下げて、わたしは歩いていた。一つ二つ、どんどん腹の中に収まっていく。
「知り合いいないかなー」
ユウキさんがいればいいのに。ハザマさんがありながらもわたしはやっぱりユウキさんのことばかり考えている。けれど勿論異性としてではない。神は完璧な存在なのだから、きっと男性でも女性でもないのだ。オカマ……?
なんて考えている時だった。背後から鈍い衝撃を受けて、わたしは道に押し倒されてしまった。
「暴漢!」
「会いたかった!」
「子供だ!」
衝撃の正体は世にも可愛らしい少女だった。小綺麗な格好をしているから物乞いなんかでは無さそうだ。人ごみの視線が痛い。道端でこんな小さな子からタックルを決められて、まんまと倒れる姿なんてそれは好奇の目を向けられても当然だ。
「あ、あのー、お母さんとはぐれちゃったの?」
「会いたかった……!」
「ちょっとどいて……」
すみません、と歳に合わない丁寧な言葉遣いで、その子は立ち上がった。立ったら立ったで小さくて、それから可愛くてどうにも見捨てられない。旅は道連れ、そして世は情けである。
「よもぎ餅食べる?」
「……いただきます」
じゃあこっちに来ましょうね。誘導するように廃れた喫茶店に入る。女の子はよもぎ餅を頬張りながらもついてきた。これではまるで誘拐犯だ。最近の子供はお菓子をくれるからって知らない人についていってはいけないと学校で習わないのだろうか。
「お母さんとはぐれちゃったの? お名前は?」
「私、トリニティです! あなたの友達の……!」
「友達にトリニティなんて人いないよ。なんなら友達自体いない……」
「やっぱりあなたは私のことを……ごめんなさい、ごめんなさい……」
女の子は泣き始めてしまった。わたしもなんとなく悲しくなって泣きそうになるのをぐっと堪える。お姉ちゃんなんだから強くないといけない。
この子は十中八九人違いをしている。わたしにこんなに小さな知り合いはいないのだ。泣いているのを宥める様はまた好奇の目に晒されている。言い掛かりだ、無実の罪だ。わたしが神になれないのは全てのカルマを背負えないところにあるのだろう。
「神よ! ナマエ=ミョウジを許し給え!」
「神……?」
「もしかして宗教に興味ある子?」
わたしの発言に、女の子はぱったりと泣き止んでくれた。やはりわたしには神の御加護があるのだ! 泣き止んでくれるのならこの際教義はめちゃくちゃでもよくて、口をついては出てくる説法の数々を彼女は不思議そうな顔で頷いている。まるでわたしは数多の神の優秀な弟子だ。こうやって信仰を広めていたらきっと誰かが口語に起こしてくれることだろう。
「それから神は蜘蛛の糸を垂らして」
「あの……」
「あとは聖地に君臨して、少年少女らに四つの予言を」
「あの」
「世界が滅びるとして」
「あの!」
「はい」
「お名前は?」
「ナマエ=ミョウジです」
「あ、人違い……だったみたいですぅ」
申し訳なさそうにお辞儀をして、女の子は行ってしまった。天使みたいな女の子だったと形容したら、つまりわたしは天から見放されたことになるので飲み込んだ。
痛い視線はもうなくて、それどころかわたしが歩くとモーゼの奇跡のように人混みが開けていく。やっぱり教えを広めていたら自分も超常的な力を得るに至るのだ!
女の子は何を謝っていたんだろう。よもぎ餅はもうなくなってしまっていた。なんだかとても惜しいことと、申し訳ないことをしてしまったような気がする。