アセムの矛盾 | ナノ

ピンクの愛猫神


 わたしとハザマさんのことは瞬く間に世界中の噂になって、そのスピードと出処の不明瞭さに信仰の広まる速度を感じた。言うなればわたしは今、神の一端のような気持ちだ。調子に乗っている。
 しかし敵対宗教や、邪神や、悪の組織があるように、調子に乗っていたわたしは鬼に捕らえられてしまったのである。

「おーにさんこーちら、手ーの鳴るほうへー」
「鬼ではない、テイガーだ」
「喋ったああああ」
「ココノエ、いつまで私にこの娘の子守をさせるつもりだ」

 子守とは失礼な、最近のわたしはちゃんと一人で眠れるし、しかし娘と呼ばれるのは悪い気がしない。年を取ったなあ、若く見られて喜んでしまうなんて、自分は大人になった。大人になった。
 現れたのは猫の女の子だった。その可愛らしいピンクのお耳をピンと立てて、透き通るような金色のお目目でわたしを睨み付けた。

「いいなあ、ユウキさんとお揃い」
「あの男と一緒にするな」
「( ぐぅー )」
「ナマエ=ミョウジだな」
「( ぐぅー)」
「貴様の身柄はこの第七機関ココノエが」
「( ぐぅー )」
「預かった!」
「誘拐? わたしなんか攫っても食費がかかるだけだからな!」
「……腹を鳴らしながら喋るな」

 牢屋に入れられたかと思えば、散らかった部屋でカップ麺をすすっている。資料にコーヒーのマグカップ、機械や飴のゴミ、こんなに片付いていない部屋で食事を摂らせるなんて拷問である。
 猫の毛が散らばる様に、わたしはハザマさんから飴をもらったあの日のことを思い出していた。

「あー! 猫のお姉さん!」
「いきなり何だ。わたしは貴様など知らん」
「じゃあいいです。猫のお姉さん、どうしてわたしなんかを誘拐したんですか」
「貴様はあの男を誘き出すのに使えそうだからな。それと猫のお姉さんではない、ココノエだ」
「ハザマさん? あの人結構薄情ですよ」
「ハザマ?」
「ココノエさんって片付けが出来ない女ですか?」

 ココノエさんは眉間に皺を寄せて、まさかとか、そんなはずが、とか難しそうに呟いている。いいやどう見ても片付けのできない女だ。それからわたしを牢屋に返して、ご飯は一日に三回運ばれるようになった。

「テイガーさん、お手紙出してください」
「それはできん。お前は自分の置かれている立場がまだわからないのか?」
「ナマエ、少し手伝ってくれ」
「はいはーい」

 ハザマさんは来なかった。

「お前、見かけによらずよく動くな」
「お手伝いは小さい頃から慣れてますから!」
「……。ナマエの煎れるコーヒーは美味いな。どうだ? わたしのところで働かないか」
「それは駄目ですよー。職場に戻らないと」

 ハザマさんは来なかった。

「ココノエ、彼女をあまり甘やかすのはよくないと思うが」
「そうか? テイガー程では無いが中々働いてもらっているぞ。文句一つ言わないしな」
「しかし……本来の目的はいいのか?」
「ココノエさーん、レーダーに異常反応でましたよー」
「すぐ行く。テイガー、その話はまた今度だ」

 ハザマさんは来なかった。
 神は死んだ。いや死んではいないけれど現状神はいない。相変わらずの牢屋生活だけれど、わたしはココノエさんの補佐官のように働いている。話ではお給料も出るらしいし結構楽しく過ごさせてもらっていた。
 ハザマさんは来なかった。何日かここでこうしている。ユウキさんだって、結構前からしばらく見かけていない。

「何だ、ナマエ。これは異常反応ではない」
「でも人の反応じゃなさそうですけど。青色だし」
「素体だ。ラムダの奴歩いて帰って来たのか」

 目に見えるものだけが全てでは無いと教えてくれたのはココノエさんだった。レーダーの青色は少しずつ近付いてきてドアをノックした。
 ココノエさんはラムダとかニューとかなんとかだと思って興味無さそうに奥の部屋に引っ込んでしまっていたけれど、痺れを切らしてドアを無理矢理開けたその人に目を丸くして駆け戻って来たのだ。

「貴様……! ようやく来たか!」
「これはこれはココノエ博士。うちの補佐官が随分とお世話になりました」
「マイダーリン!」
「黙って下さい」

 ハザマさんは来た。
 抱き付くわたしをクシャミをしながら払って、怖い顔をしているココノエさんに向かって余裕たっぷりに笑いかけている。わたしは置いてかれたみたいに二人の睨み合いを眺めていた。

「テイガー! すぐにこの男を捕縛しろ!」
「物騒ですね。私きちんと正規の手順を踏んでここまで来たのですが……この意味、お分かりですよね?」
「うわー難しそうな書類ー」

 それからハザマさんは、いとも簡単にわたしの腕と首についている拘束具を取り外して、ここ数日のわたしにとっては開かずの門だったドアまで腕を引っ張った。難しそうな書類はココノエさんの雑然としたデスクの上に乗っかっている。

「貴様、覚えていろ! わたしは何度だって……!」
「無駄ですよ。それでは失礼致します。ミョウジ、シャキッと歩いてください」
「お世話になりましたー、また遊びに来ますねー」
「もう勘弁してください」

 ドアが静かに開いて同じく静かに閉じていった。第七機関を出るまでハザマさんはわたしの腕を掴んでいたけれど、外に出るや手は解放されて、その軽さと空気の程良い不味さに感激する。何よりハザマさんが迎えに来てくれたのだ。レーダーが青く光るのも当然だった。なんたってハザマさんは人間じゃなくて、わたしの白馬の王子様なのだ。

「すみません。手続きに思った以上に時間が掛かってしまいました」
「一生あそこで雑用するかと思いましたよーもー」
「それはさせませんよ。ミョウジは一生私の雑用係ですから」
「雑用なんですか?」
「嫁なんてそんなもんですよ」
「あー女性軽視だー」
「帰りますよ」

 嫁ですって。その台詞を頭の中で何度か再生して、ちょっと恥ずかしくなったからあんまり考えないようにした。ハザマさんとわたしが結婚したらわたしの名前は何になるんだろうか。真っ先にナマエ=テルミなんて出てきて顔が真っ赤になってしまった。





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