「……何を作っているんですか」
「見て分からないんですか!? 箱舟ですよ!」
レリウスさんが人形作りに使った要らない発泡スチロールを見てわたしはピンと来たのだ。発泡スチロールは軽い、水に浮く、今日は雨が降っている。この条件が揃ってどうして箱舟を作らないと言うのだろうか!
ハザマさんは呆れ返ったような目でわたしを眺めている。ふふん、ノアだって最初はそんな目で見られたものだろうが、これから四十日四十夜に渡って続く洪水を前にしたら乗せてくれとひれ伏すのだ。
「はっはっは、ハザマよひれ伏したまえ! どうしても乗りたいんだったら乗せてあげないこともありませんけどー」
「……それ、私のナイフですよね。返して下さい」
「あっ!」
作業に使っていたバタフライナイフが取り上げられる。切れ味が最高なのに、これを知ってしまったらもうカッターナイフになんて戻れないのだ。
取り返そうと跳ねても、ハザマさんの奴、長身に物を言わせて中々返してくれない。
「どうせノアの箱舟にでも感化されたんでしょうけど、まったく、いつもどこからそんな知識を見付けて来るんですか」
「神の啓示です!」
「テルミさんはそんなこと言いませんよ」
「思い付いたってことは啓示なんです! 返せ!」
「返しません」
もたもたしていると大洪水が階層都市を飲み込んでしまうかもしれない。いや待てよ、下の階層だけが飲み込まれて結局わたし達って助かりそうだ(それではいけない)。
タオカカちゃん達の為にもこの悪のハザマさんから道具を取り返さなければ、と躍起になると、ハザマさんはナイフを持つ手を高く上げたまま、やはり呆れ顏で言った。
「箱舟には雄雌対になった生き物を乗せるんですよ。ミョウジが乗るのなら私も当然同乗することになりますが」
「それから?」
「人類再興の為に日夜子作りをします」
「痛そう。やめます」
「もう痛くも無いでしょうに」
「破廉恥です! あ、雨上がった」
そういえばタオカカちゃん達は勝手に増えるらしい。だったらこんなの無くたって世の中は安泰だ。
こうやって信仰心は世の中から薄れていくのかーと考えると少し切ない気持ちになった。でもハザマさんと二人きりはあんまり楽しくなさそうだし、発泡スチロールはレリウスさんに送り返した。怒られた。