アセムの矛盾 | ナノ

気品のある白兎


 月の綺麗な夜に相応しいような、ウサギの吸血鬼さんと紅茶を嗜んでいる。本当はわたしは紅茶が苦手だけれど、それ以上にこのウサギさんが得意ではないから黙って息を止めて啜るばかりだ。

「貴女、純潔じゃなくなったのね」
「え、どこでそれを」
「全部見ていたわ。不快極まりなかったけれど」
「うわー無理ー」

 ウサギさんは猫の椅子に座りながら、コウモリっぽい赤いのを退屈そうに伸ばしている。人の生活を見て退屈しのぎをしているらしいけれどとてつもなく悪趣味だと思う。
けれどこのウサギさんはいい人なのだ。なんと言ってもわたしの小腹が空いている時にいつも現れてはお茶に誘ってくれる。わたしなんかの為に施しをしてくれる、彼女は因幡の素兎なのだ(嘘だ、因幡の素兎は自分の身を焼かない)。

「貴女、本当にこれでよかったの? 全部気付いているのではなくて?」
「何の話かわかりませんけど、心配してくれる人がいるのは嬉しいもんです」
「救いようの無いぐらい愚鈍な子。ヴァルケンハイン、この子の為にとびきり甘いシフォンケーキを用意して頂戴」
「やったー」

 わたしのお皿が空いているのを見て、すかさずレイチェルさんは追加注文をしてくれた。単純なので食べ物をくれる人に悪い奴はいないと考えている。
 レイチェルさんに会っていることはハザマさんには内緒だった。ハザマさんとレイチェルさんはとても仲が悪い。犬猿の仲である。ウサギになったり犬になったり、蛇とか猿とかわたしの周りは忙しい。

「どうぞ、お持ち致しました」
「ありがとうございます! 神様のようにお優しい!」
「お礼は是非ともレイチェルさんに仰って下さい」
「ありがとうございます!」
「ケーキの一つや二つで大袈裟ね」

 凛とした顔を少し紅くしながらレイチェルさんは言った。この人は食べ物を用意できたウサギだ。月が綺麗なのはきっとこの人のおかげだ。

「でも、これ食べたら帰らなきゃいけません。今日はわたしが夕飯の当番なので」
「偉いわね。ヴァルケンハイン、送ってあげなさい。この子は目を離すとろくなことをしないから」
「畏まりました」

 帰ると薔薇くさいとハザマさんからしこたま怒られたけれど、口の中に微かに残るシナモンの香りで顔がにやけてしまう。





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