アセムの矛盾 | ナノ

蛇足


 柄にも無く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。もともとはテルミさんが目を掛けていた女の子を、歳月を経て横取りしてしまった。折角コートを掛けたのに、床でぐしゃぐしゃに散らばる様を見て何故かひどく安心した。
 この拾い物の、幼い頃から頑なに名前で呼ばなかったのは、彼女に触れられないテルミさんに対するせめてもの詫びと「自分はこんなのには興味はありません」といった言い訳だった。大方、大昔に好きだった女に似ているとかそういった理由だろう。ある時思い立ったようにイカルガに行けとか騒ぐので、そしてそれが余りに煩いので、テルミさんの言う通りに拾ったのが見当違いな子供だった時の驚きは今でも鮮明に覚えている。
 とても夢見がちで爛漫に育ったのは私だけのせいではない。世の中のありとあらゆる恐怖を幼心に受けて、それからは不安だとか、危険だとかを罪滅ぼしのように徹底的に排除してきた。ただ人の気持ちが分からないヒトデナシにならなかったことだけは安心している。そしてまさか自分に親心が芽生える筈も無かった。

 神だ仏だと騒ぐ姿は痛ましくて見ていられないのだ。そんなものに縋らないと生きていけない心の弱い子にしてしまったのは、自分と、そしてテルミさんの過保護のせいだ。この女の子には私とテルミさんという、絶対的に護ってくれる存在がいるのだから、やれ煙草を買いに行ったり、やれ妙な団体を作ろうと目論んだり、やれ口真似をしたり、突飛な発想がいくらでもできた。楽しくないかと言われれば、この子といれば退屈はしないし面白おかしいので違うのだが、どうしても垣間見える歳不相応の陰に、どうしても責任感が拭えずにいた。
 しかし彼女に散々話した愛情が嘘や詫びでないことは、自分でも不思議なほど本当だった。疲れ切った寝息に安心する。馬鹿なことをした、と考えながら毛布を掛けて、目を閉じても無言のテルミさんに、少しだけ優越感を覚えている。

「風邪をひきますよ」
「んー……」

 すぐに毛布をはぐる彼女に、巻き付けるようにそれをなおす。頭を撫でると眠っている癖に一丁前に口許を緩めるそれだけでも今は愛しくて仕方がない。
 彼女の言葉を借りるのならば、アダムとイヴが禁断の果実を口にした時のような心境だった。もっとも唆した蛇はテルミさんではなく理性に敗けた自分の内心だ。

「……柄にも無い」

 自分も随分ロマンチストな人間になってしまった。

「ん……あ、ハザマさん、おはようございます」
「まだ寝ていても構いませんよ」
「うわ! わたし裸! 夢じゃない! 冗談じゃない!」
「寝起きでもそんなテンションでいられるのが不思議でなりません」
「股が痛い」
「申し訳ありません」

 眉を顰めて訝しげにミョウジは私を睨み付けた。後にすぐに笑って、大変なことになっちゃった、と漏らしたカラカラした笑顔には、ずっと感じていた陰は見当たらない。
神がいるのならば私のことなんて広い心で赦してくれるだろうと今なら思う。





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