「ハザマさん、お疲れ様です」
「これはこれはミョウジ中尉。廊下ですれ違うのは一月ぶりですね」
「やっと資料閲覧終わったんです。仮眠室が無くなって残念ですね」
失恋した。いや、失恋していた。最初から望みのない恋が砕けても虚しさは一入だった。それと同時期にわたしのあの拷問のような仕事も終わり、数日に一度の九十分も消えてしまったのだ。それどころか、月に何度あるかわからない、建物内でハザマさんにすれ違う機会すら奪われる。
急な異動が決まったのは今朝のことだ。諜報部の彼は知っているかもしれないし、わたしのようなただの一兵士のことなんて興味も持たれていないかもしれない。
情けなくも未練がましいわたしの恋慕は、ハザマさんと鉢合うのを計算して待ち伏せをする陰湿なものにまで昇華されていた。これではストーカーだ。
「それでは」
「えっ」
「何か用件がありましたか?」
「いえ……そういうわけでは」
何も起こらない。寝ていきますか、なんて言えたらいいけれどとてもじゃないが誘う勇気は無かった。異動になります、なんて部署も違う上司にわざわざする話だろうか。失恋しているのだ、わたしは。ハザマさんはわたしのことどころか世の中の女性に妙な感情を抱きやしないのだ。
敬礼をすると、やっと上下関係を覚えたのですね、とせせら笑われて一日が終わった。一日じゃないかもしれない、わたしに明日はもう来ない。
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