子供の遊び | ナノ
 一日中こんな薄明るい部屋にいると、体内時計が狂ってしまいそうだ。終わりの見えない資料に目を通し、付箋を貼り付け、こんなことしても大して意味はないのにこの作業をひたすら繰り返している。この部屋に窓はない。向かいに高い建物があるらしく、それがまた時間を奪う要因になっている。

「失礼します」
「あ……あア、ハザマさん。食事の時間でしたっけ」
「いえ、暇でしてね。食事なら昨夜摂ったでしょうに」
「消化が早くてお腹空いちゃうんです。ホラ、頭使うでしょう」
「私にはミョウジ中尉が資料を読んでいるようには見えませんがね」
「目を通すだけじゃありませんよ」
「ご丁寧に付箋までつけてラインも引いて、でもそれって必要なんですかねェ? 勉強しているフリが板についていますね」

 ハザマさんはわたしの机に腰掛けて、分厚い紙束を捲る。この人が来ると順番がめちゃくちゃになっていけない。

「階級で呼ぶのやめて下さりませんか、ついでに敬語も」
「癖なので。それに親睦を深める必要もありませんしね、恋人でもあるまいし」

 その言葉がひどく胸に突き刺さる。ハザマさんはわたしの唯一知る諜報部員だ。全貌が不明瞭なこの機関で、ハザマさんだけは懇切丁寧に小難しい用語や、その意義を説明してくれる。単に饒舌なだけで誰にでもそう講釈を垂れ流していると知ったとき、わたしは確かに失望した。
 ハザマさんはノエルにご執心だという噂も耳にしている。わたしのような、付き合っても意味の無い人間ナンテ、名前を覚えていただけているだけマシなのだとは同期の話だ。

「煙草、可愛いお顔に似合いませんよ」
「それって童顔って意味ですか」
「とんでもない! ミョウジ中尉は人気ですよ。一度犯したいとか部隊の男どもが話していました。まったく下世話な話ですがね。そうだ、頭を使うのがお嫌いならば従軍慰安婦にでも志願したらいかがですか」

 彼はまったく気に障ることばかり言う。貼り付けたような笑顔でここぞとばかりに舐め切った発言をされる度に、自分は嫌われ者なのだと自覚して仕様がない。
 火をつけた煙草に意味は無かった。ストレス発散だとかを大義名分にしているが、これは単に人から好かれない自分を正当化しているに過ぎないのだ。

「こんなところにいたら高級そうな服に臭いが移りますよ」
「知っていて暇潰しに来ているんですからお気遣いなく」
「わたしと話していて楽しいですか? ハザマ大尉」
「それは勿論。私に嫌味を吐く人間なんてそういませんからね。あ、いるか。私も嫌われ者なもんでね」
「……帰ってください」

 しかしハザマさんはソファに深く座り靴を脱ぎ、足を組んで、長居でもするつもりのようだった。いつもこうだ。仮眠室のように部屋を利用されるから、わたしの仕事は一向に進まないのだ。

「九十分経ったら起こしてください」
「自分で勝手に起きるくせに」

 資料を捲る。もともと内容なんて頭に入っていないのだから、お互い無意義に時間を浪費しているという点では合致しているのだ。ただ、わたしだけが彼のことを気にかけていて、彼はノエルの手料理が出来上がるのを待っている。
 いつか部屋に寄ってもくれなくなる日が来るのは分かり切っているが、それだけに何も出来ない自分がもどかしくて煙草を捩じりもう一本に火をつけた。

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