君に痛み分け | ナノ
 その日もわたしは早朝の怪鳥に怯えながら出勤した。早出と夜勤の日はこいつの鳴き声をしっかり聞かなくてはいけないので憂鬱である。なので時間を大分早めたのに特に意味はなかった。
 そのせいで早く着き過ぎてしまった。テルミさんは確か夜勤だから、この時間は居眠りでもしているだろう。この人はすっかり不真面目に成り下がってしまった。けれどサボっているところを注意出来るほどわたしは偉くないし、そもそもいつ休んでるのかってぐらい毎日働いている姿を間近で見ているので居眠りだけは邪魔しないようにしている。

「そーっと行こう……あ」

 珍しくテルミさんは机に突っ伏していなかった。それどころか部屋中どこを探してもいない。張り詰めていた気が抜けて、だったら朝ご飯でも食べようと廊下に出ると、突き当たりにある大窓の外に人の気配がした。
 ベランダから続くその場所は、清掃の人ぐらいしか行かない場所である。なんて言ったって高いのだ。地上何十メートル、いや何百メートルだろう、そんな窓の向こうで、テルミさんはポケットに手を突っ込んでベランダの柵に腰掛けていた。危ない、落ちるぞ。
 こっちに気付いていないような横顔の影は何かを喋舌るように揺れていて、独り言かなあと思ったけれど、それにしては長過ぎる言葉を紡いでいた。
 朝焼けの下のテルミさん、今日も緑が素敵ですね。もし窓じゃなくてカーテン越しだったら独り言を盗み聞いてやるのに。

「盗み聞きとは悪趣味な」


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