君に痛み分け | ナノ
 まんまと賭け事に負けてしまったわたしは、お財布がカラになっても解放されなかった。この人は馬鹿みたいに食べる。ハザマさんは日にアホみたいにゆで卵を食べていて、それ以外の食事をろくに見たことも無かったけれど、ユウキ=テルミでーすとか名乗り出したこの人は今までの枷が外れたように色々な物を美味しそうに頬張る。

「ナマエちゃんは食わねぇの?」
「もうお腹いっぱいだから。なんか、テルミさんって食事覚えたてみたいに何でも美味しそうに食べるよね」
「久しぶりだし?」
「いつも食べてるじゃん」
「そうじゃねぇの。いやー、生きてるって素晴らしいわ。俺様感激」
「変なこと言うなア。ゆで卵は?」
「好きじゃねーし」
「嘘ばっかり」
「趣味嗜好が変わったんだよ」

 と言われれば納得するぐらい、この人は趣味嗜好が変わった。重たい音楽を流したりギターを弾いたり、何より言った通りゆで卵をもう一ヶ月も食べていない。異常事態だ。
 死線を彷徨ったら人が変わるとかいうけれど、テルミさんはそうなのかもしれない。何があったかは知らないけれどこの人も苦労したんだろう。

「次何頼む?」
「あ? いいの?」
「気が変わったの。一回お金おろしに行きたいけど」
「ナマエちゃん名実共に太っ腹ー」
「やっぱりやめた」
「悪ィ悪ィ、冗談だって」
「そういえば昼」

 あの慌てぶりは傍目からは面白いけれど、わたしにはこんなにも本性とやらを見せているのに、マコトちゃんの前では打って変わって今まで通りでいることは何となく疑問に残った優越感はさて置き、テルミさんは何かを隠している。
 フォークを運ぶ手がピタリと止まって、睨み付ける視線はそんなに強くはなかった。考えているよりもしょうもないのかもしれない。真っ先に思い浮かんだプライドが高いだけの人、とかいう文言で片付きそうだ。

「諜報部のハザマ大尉様はあれで通ってんだよ」
「知ってる。けどいつもそんなじゃん」
「ゆで卵」
「え?」
「あれが好きだったってのもテメェとレリウスぐらいしか知らねぇよ」
「え、そうなの?」
「あとはこのジャラジャラしたの集めるのが趣味だったとか、猫アレルギーとか、あんま知られたくなかったんじゃねぇの?」
「他人事みたいに」

 というか、それ趣味だったんだ。そこからもテルミさんは、お風呂の話だとか一度着た服は捨てるんだとか、身の回りのことをつらつら話していた。結構人間臭いところがあって、完全無欠とまで言われたハザマ大尉の正体がありふれた(変な)成人男性であったことに驚いた。何よりテルミさんは、自分のことなのにさもよく知る隣人の紹介のように話すのだ。
 違和感は拭えないままだったけれど、口を挟むとこの貴重な会話が終わってしまいそうでわたしはテルミさんが話し終えるのを待っていた。なんだか秘密の話をしているようで、今までのどんな諜報活動よりも楽しい。

「っつー訳で、外で俺様の話禁止な」
「はーい。プライベートと仕事は分けるってことね」
「まあ大体そういうことな。分かったら早く金用意して来い」
「……カツアゲじゃん」

 近くにコンビニはあっただろうか。繁華街を歩きながら、テルミさんの話を反芻する。結構可愛いところがあったんだ。確かにそんな話、衛士に知られたら不気味で紳士なハザマ大尉のイメージは崩れてしまう。
 プライベートと仕事は分ける。じゃあわたしはテルミさんにとって何なんだろう。ハザマさんにとっても何だったんだろう。

「あ、コンビニあった」

 テルミさんの口からはわたしの知らない話がいくらでも出てきた。余所行きの造り物。わたしだけはハザマさんのことも、テルミさんのことも知ってるって思っていた。

「お待たせー……え」
「早かったじゃん」
「テルミさん、これ……」

 戻るとテーブルには、出る前の倍ぐらいのお皿が乗っていた。テルミさんは遠慮しなかった。もう二度と敬語なんて使ってやるかと心に決めた。

「私用と仕事は分けるべきです」


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