君に痛み分け | ナノ
「ナマエさんって最近変わりましたね。じゃなくて戻ったっていうか」
「え? なにそれ」
「前までは幸福の絶頂でーすって顔だったのに、今はなんていうか、無理してません?」
「え? なにそれ」

 最近配属になって、しかし外回りが多いようであまり顔は合わせられない可愛い後輩、マコトちゃんの言う意味はよくわからなかった。資料の整理を押し付けられた理由はすぐにわかった。テルミさんは動物のアレルギーで、あんまりマコトちゃんと同じ空間にいたがらない。帰りに掃除まで言い渡されているあたり結構深刻だ。
 マコトちゃんは順番も確認しないで、手当たり次第ファイルを綴じていく。もしかしたら単にこの適当さの修正を頼まれているだけなのかもしれない。言っておくがこの仕事はマコトちゃん直属の上司が彼女に任せたのである。テルミさんは一番上の立場としてこういった適当な配置を正す仕事もしているようだ。

「もしかしてハザマ大尉と上手くいってないとか……?」
「え? なにそれ」
「知ってますよー! 統制機構中の噂ですもん! 勿論士官学校にも轟いていました。内戦で傷心する部下を救い出して、禁断の恋の末結ばれた二人! ロマンチックでいいなーって女生徒の憧れだったんですよー」
「え? なにそれ」

 マコトちゃんの話は何重も誇張されている。伝言ゲームって怖いなあ、確かにハザマさんは内戦の後休職を貰ったわたしに声を掛けたけれど、結構強引だった。ハザマさんの人遣いの荒さはロマンチックとはかけ離れているし、それ以前に結ばれていない。
 何から話そうか悩むわたしを差し置いて、マコトちゃんは同期の女の子の恋模様だとか、理想の男性像だとかを語り出した。手は勿論止まっている。

「ナマエさんはハザマ大尉のどこに惹かれたんですか? どっちから告白したんですか?」
「え? なにそれ」
「もー! ナマエさんってばさっきからそればっかり! アタシ真剣に心配してるのにー!」
「その割には結構楽しそうだけど」
「そ、それは……」

 しかしどこに惹かれたんだろう。禁断の恋というところだけは間違えではなかった。あのハザマさんがまさか恋愛なんてするわけがなくて、そんな陳腐なものに落ちてしまったのはわたしだけなのだけれど。
 ますます何から話していいか分からなくなってしまって、難しい顔をするわたしをマコトちゃんは何やら勘違いしたようだった。さっきまでの調子は見る影もなく、だんだん可愛い笑顔が悲しい顔に変わっていく。

「す、すみません……アタシ失礼なこと聞いちゃって」
「いや、いいんだよ。ただなんていうか……あの人のどこがいいんだろうね」
「へ?」
「雑で態度も口も悪くて、服装もだらしないし仕事はしないし。真面目に仕事してるなーって思ったらイヤホンで音楽聴いてるだけだったりするし、敬語使ったら飯奢れとか馬鹿みたいな提案して部下を困らせて、そりゃーあんな上司といたら疲れもするか」
「ハザマ大尉って、普段そんななんですか……」
「……あ」

 そういえばマコトちゃんと、彼女を始めとするその他衛士達はテルミさんと直接会うことはそうそうない。仕事内容は書面で交わすし、前までは月一でやっていた会議も、会議室そのものを私用に改造してしまった彼のせいで行われなくなった。それでも回っているんだから結構な手腕なのかもしれない、という褒め言葉は置いといて、ハザマさんが様変わりした後は元々顔を合わせることの無かった他の衛士と彼が話しているところなんて見掛けていない。
 マコトちゃんの中ではテルミさんは、あの必要以上に腰の低いハザマ大尉様のままなのだ。そう思うと少しだけ羨ましいような、優越感のような、とりあえずあんまり褒められたものじゃない気持ちになった。よそ行きの造り物とか言うけれど、そんな仮面を取り払った姿を知っているのはわたしだけなのだ。

「あの人ってね、結構ドジなところあるんだよ」
「あの完全無欠のハザマ大尉が!?」
「うん。この間とかねー」
「ナマエ=ミョウジ中尉」

 立っていたのは彼だった。慌てて来たのか逆立てた髪をタオルで誤魔化して、胸のボタンは互い違いになっていて、無理矢理目を細めて笑っている姿は間違えなくテルミさんだ。

「は、ハザマ大尉! お久しぶりです!」
「マコト=ナナヤ少尉、ミョウジ中尉がいつもお世話になっております。ご迷惑を掛けてはおりませんか?」
「ナマエさんのおかげで楽しくやってまーす!」

 マコトちゃんにニッコリした作り笑いを見せながらも頬と目元が引きつっているのに気付いて笑うわたしを、テルミさんはちらりと鋭い金色の目で睨み付けた。冷や汗が背中を伝う。

「楽しく、ですか。ナマエ中尉、仲の良い後輩ちゃんがいてよかったですね」
「はい! アタシナマエさんだーい好きなんですよー!」
「それで仕事もせずにくっちゃべってたって訳か。あ? 良い御身分ですね」
「すみません。ナマエさんが最近元気なさそうで、ちょっと聞いてたっていうか」
「こいつはいつでも元気でしょう? オラ、サボってねェでとっとと片付けて下さい」
「も、申し訳御座いません! 大尉、すぐに……そうだ、10分で片付けて戻りますので!」
「うわ、テメ……!」
「ご安心下さい、何も喋っておりませんので。それではまた後ほど!」

 テルミさんを突き飛ばしてドアを閉めた。これ以上喋らせたらボロが出てしまう。あのタイミングで現れたなんて、多分テルミさんは……

「プライドが高い?」
「ナマエさん? ちゃっちゃと済ませちゃいましょー」

 宣言通り10分で片付けて、走って戻るとテルミさんは絵に描いたような不機嫌面をして待っていた。しかし口許は何とも面白そうに吊り上っている。

「なあ、俺様あの獣人と仲良く仕事しろなんて言ったか? 調子乗んな」
「ごめん……なさい。言われて困ることでも」
「あるわ。こっちの立場も少しは考えやがれグズ女」
「気を付け……ます」
「飯」
「え?」
「賭けのこと忘れてねェよな?」

 ああ、だから笑ってたんだ。テルミさんの事情なんて知らないけれど、あの状況だからって見逃してくれるような性格ではないようだ。

「私の話は厳禁です」


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