「馬鹿は風邪ひかねぇんだよ、さっさと準備しろ」
「頭叩かないでください! ガンガンするー」
クーラーを付けたまま寝てしまったからだろうか。頭が痛くて足取りが覚束ないのに、テルミさんは欠片も気にする様子は無く、それどころかやれあれを用意しろとか、やれ仕事が遅いだとか指図ばっかりしている。
指名手配犯の情報収集とかで、今日はオリエントタウンまで行く予定だった。外回りは楽しみだけれど遠足気分で行くからなのだ。体調不良に下の空気は重過ぎる。
脚立に乗ってふらふらと資料を本棚から取っていると浮遊感が襲った。あ、落ちる。
「おい! しっかりしやがれ!」
「あ……すみま、せん」
「世話が焼けんなあ。熱出てんじゃねぇか」
「だから風邪かもって」
「クソ、俺様一人で行くからテメェはそこで寝てろ」
落ちかけたわたしをテルミさんは受け止めて、それからソファに押し倒すと手ぶらのまま部屋を出て行ってしまった。怒らせてしまっただろうか。前から荒っぽいところはあったけれど、この人は粗雑なところが目立つようになった。けれどなんとなく優しいところは変わっていないのだ。
「でもここで寝るんなら家に帰りたいかも」
そう言えばわたしは夢を見なくなっていた。前までは毎日夢を見ていた。空を飛ぶ夢だとか、学生時代の夢だとか、風邪を引いたら決まって、延々続くトンネルをお父さんとお母さんの名前を呼びながら彷徨い続ける夢を見たものだった。
だからもしかしたら風邪なんて引いていないのかもしれない。目を覚ました時、用意していたスーツケースは無くて代わりにテルミさんの山吹色のコートが身体に掛かっていた。
「うわ……やっぱ頭痛い。風邪だ」