「あとはシャンプーと夕飯の買い出しして、やっぱ外で食べよう」
休日の過ごし方、家で寝ているのも何か勿体無くて今日は出来るだけ屋根の下にいないように心掛けた。もっと言うと通信と名の付くものは全部家に置いてきてしまった。
時間に縛られないのは性に合っていないようだった。安いと評判の店で手早く食事を済ませて、早足に家に戻る。
テルミさんから休日出勤を強要されたのはそれから間も無くのことだった。
「勝手に出歩くな」
「休みだからいいじゃん」
帰って映画でも見ながら寝ようと思っていたのに、一人では捌き切れないとかなんとかでこの様である。
そして来てみたら丁度仕事が終わったところだという。とんだ無駄足である。
「私服かよ。舐めてんのか?」
「テルミさんだって半分私服みたいなもんでしょ」
「惚れた?」
「うん」
「は?」
目を見開いて、テルミさんは不機嫌とも驚いたともつかない顔でわたしを見詰める。この人ってからかうと結構楽しいかもしれない。
「冗談」
「死ね」
「テルミさんのことなんか好きじゃないし」
「諦めろよ。分かってんだろ」
「うん、もう諦めた。今をもって」
「そりゃよかった」
結局毎日この人と顔を合わせている。休日は被らなかった。わたしと同じ日に休んでいるとか言ったけれどこの様子では、あの日から一度もテルミさんがまともに休んでいるとは思えない。
働き詰めなところは変わらない。この人のことをそのまま理解しようと試みるけど上手くいかないわたしも何も変わらない。だったら変えるしかなかった。
「テルミさんたまには休んだら? って言っても休まないよね」
「別にキツくねーし」
「変なとこ真面目だよね」
「俺様はずっとクソ真面目だっての。見てわかんねーの?」
「そうだね。だって」
わたしはハザマさんが好きだった。真面目で、嫌味たらしくて、人使いが荒くて、でも気に掛けてくれるし優しく笑いかけてくれるハザマさんのことが好きだった。好きな人だから受け入れようと思う。
「テルミさんは諜報部大尉の、コードネームハザマだもんね」
「あ? 何当然なこと言ってんだよ」
失望というか失恋かもしれない。ライチさんは何か知っているんだろうけれど、かといってハザマさんは帰ってこない。あの日の声は居眠りしていたわたしの夢で、いつかテルミさんが言ったようにわたしが好きだったのはよそ行きの作り物だったのだ。
「また好きになれるかな」
「んだよ。今日のナマエちゃんおかしいわ。いつものことだけどよ」
「今だけだからいいじゃん。テルミさん」
テルミさんを真っ向から見てみると、ハザマさんと少しも変わらなかった。もうハザマさんのことを考えるのはやめにするんだ。ハザマさんはテルミさんだ。
わたしの中では確かに何かが吹っ切れたのに、テルミさんはやっぱり不機嫌そうな、上機嫌そうな、不思議な顔をしていた。
「帰る」
「賭けだけど」
「ご飯の?」
「今だけ辞めにしね?」
「やだ。最近勝率高いし」
「じゃあいいわ」
と言ってテルミさんは、コートを脱いでそっと椅子にかけた。その仕草が、まるで、待っていたあの人に似ているものだから、わたしは(また後ろ髪を引っ張られている。別物だって割り切ろうとしたのは今が初めてではなかった。けれど今回だけは今回限りだって決めていたのに、こうも簡単にわたしの決心は揺らいでしまう)。
( やっぱりわたしはハザマさんが好きだ )
( テルミさんのことがもしかしたら )