「怖くて走って来たらこうなっちゃうんです!」
「何が?」
「怪鳥ですよ!」
「回腸は怖いな」
「そうです!」
胡散臭い上司との付き合い方を覚えたところで、彼は変わってしまった。髪型から服の着こなし、そして口調までガラリと、イメチェンにしては大袈裟だ。
性格も随分変わった。遠回しな嫌味が直接的になったところで心身に受けるダメージは変わらない。
「ハザ……テルミさん、今日のスケジュールは各所の視察です」
「まだ慣れねぇのか」
「いきなり本名で呼べって言われてもすぐ順応できませんよ」
「頭悪ィな」
「そっちこそ」
何より名前が変わってしまったのだ。一丁前にコードネームで通して、わたし達はこの上司の本名とやらを知らなかった。どこに住んでいるとか今まで何をしていたとか、諜報部とは言え本部の中ではわたし達は結構緩い人間関係を築いている。この人が他人を寄せ付けないのは一瞬の隙も無いそういうところだった。
「あー、諜報部やめてぇ。こんな陰気なことやってられっかよ」
「死んだら二階級特進できますよ」
「で?」
「中佐になったら人事も思うがままです」
「なら死んでみるのも悪くねぇな」
「寝言は寝て言ってください。ユウキ=テルミ大尉」
ユウキ=テルミだなんて、そんなに急に呼べる名前じゃない。親が偉人の名前にあやかったんだとか言っていたけれど、どうも適当なことを吹き込まれているような気がしてならなかった。馬鹿な冗談に付き合わされているのかとか数日はやたら警戒したけれど、それから二週間程が彼はいつまで経ってもこんな調子だった。
「こんなに貢献してんのに未だに大尉とかおかしいよなぁ?」
「不真面目だからじゃありませんか?」
「あ、今日俺ん家寄ってかね? 大家のババアが大量に野菜押し付けやがって大変なんだよ」
テルミさんは緩くなった。秘密主義の胡散臭いスパイはいなくなって、真反対の駄目上司に成り下がってしまったのである。
わたしは常々思っているのだ。あの紳士的な低姿勢のハザマさんを返せと。