「危ない! 何すんの!」
「目障りだったからつい」
「最低!」
「何とでも言えよ」
テルミさんは珍しく制服をちゃんと着こなしている。髪も立てていないし、ただ目はバッチリ開いているからこれではただの好青年だ。
「飯食おうぜ」
「割り勘?」
「俺様の奢り」
「珍しい!」
「結構出してんだろ」
好青年はデートで来るようなオシャレなカフェにわたしの腕を引っ張っていった。店内には統制機構の制服を着た人達が何人かいて、そういえば衛士の間でこんなところ流行っていた気がする。
奥の席にテルミさんは外見に似合わないだらしない姿勢で腰掛けた。頼むからこんな小洒落た店のテーブルに足を投げ出さないでくれ。
「着けてんじゃん」
「気付くの遅い」
「テメェのことなんざジロジロ見ねえよ」
「わたしはテルミさんのことしっかり見てるけどね」
「今日の俺様ダセェだろ」
「いつもの田舎のヤンキーみたいな格好よりずっと似合ってるけど」
「趣味悪ィな」
「そっちこそ!」
「俺様のセンスを理解できねぇナマエちゃんが可哀想だわ」
「あ、ナマエさん!」
「あ?」
元気そうな声はマコトちゃんだった。
駆け寄ってきて可愛いことこの上ないのだけれど、彼女はテルミさんを見るや顔を強張らせた。
「久しぶり。元気そうでよかった」
「お久しぶりです! ……ハザマ大尉も」
「これはこれはマコト=ナナヤ少尉! 今日は一丁前に休暇ですか? 先日の分の報告書が上がっていないようですが」
「すみません! 明日までに完成させますから……!」
「いけませんねぇ。期限は守って頂かないと、困るのは大好きな彼女ですよ? ねえ、ミョウジ中尉?」
「え? あ、えっと」
「ナマエさんごめんなさい! ちょっとのんびりしたらすぐ書き上げますから!」
「いや、わたしはいいんだけど……テ、大尉?」
「どうかしましたか」
ハザマさんじゃないのに。テルミさんは面倒臭そうに金色の瞳で目配せをしている。動物のアレルギーなんて気の毒だ。
わたしを置いて、二人は普段通りの会話をしている。まるでわたしが先月までそうだったように、嫌味を言われたり切り返したり、内容はほとんど他愛のない仕事のことだ。テルミさんの敬語には磨きが掛かっていた。あれから何回か部下と会って話していたから、余所行きの造り物の使い方を思い出したんだろう。
「そういえば、ナマエさんとハザマ大尉はこんなところでどうしたんですか? まさかデートとか!」
「い、いや、仕事中で合間に昼食を」
「そうですよ、ミョウジ中尉がたまには外に出たいと仰るので。私も最近忙しくて全く構ってあげられませんでしたしね」
「何言ってんの! じゃない、何言ってるんですか!」
「アタシお邪魔しちゃいましたねー! ごゆっくり!」
「ちょっと、マコトちゃん! そう言うのじゃないって!」
「ダイジョーブです! ちゃんと黙っときますからー!」
「報告書、忘れないで下さいね」
「はいはーい! お疲れ様でーす!」
マコトちゃんはスキップしながら出て行った。お友達と一緒のようで、出口で赤い髪の女の子から何やら説教をされている。二人が敬礼をして立ち去る姿まで見送ったのはわたしだけだった。
「あーマジ疲れた。ああいうノリが一番苦手だわ」
「テルミさん、さっきの何だったの」
「外ヅラ。あ、デートってやつの方?」
目を開いてニヤニヤ笑う姿は確かにテルミさんだった。馬鹿みたいだ、ハザマさんっぽいな、とか思った瞬間これだ。
「一週間」
「あ?」
「敬語、もっと使ってたけど一週間で許すから」
「はぁ!? 今のは無しだろ!」
「一週間も外食とかさすがに飽きちゃうかなー」
「勘弁しろよ。クソ、あの獣人次会ったらぜってー無視してやる」
「お昼も奢りならデザートまで食べちゃお」
「上官には遠慮ぐらいしろや!」
鼻をすすりながらテルミさんはいつまでも悪態をついていた。わたしは馬鹿だ。救いようがない。マコトちゃんがお店に忘れ物でもしていて取りに戻って来ればいいのにとか、そんなことをいつまでも考えている。吹っ切ったと思えばこれだ。テルミさんが脱いだ帽子に刺繍が施されていることになんて、わたしは気付いていないんだ。
別の人とか言いながら同じ人じゃないか。