君に痛み分け | ナノ
「いつまでそうやっているおつもりですか」
「はあ……」

 ハザマ大尉の着任後最初の仕事だったそうだ。休職中の衛士に連絡を取って、続けるんだか辞めるんだかを決めさせるとかいう、折角長い休みを作ったのに傍迷惑な話である。
 わたしは最後の一人だったようで、殆どが復職せずに辞めていった背景もあってか熱の入り方も一入だった。

「明日本部に来て下さい。どの道手続きがありますので」
「明日ってそんな急に」
「時間はそうですね、正午にしましょう。それではお待ちしておりますので」
「……返事も聞かないでガチャンって」

 電話口のハザマ大尉は、いかにも融通が利かなくて、真面目で、堅そうな人だった。内情なんて詳しくないけれど中尉にこんな人いただろうか。どこから湧いて出てきたのかはわからないけれど、仕事のできる若い人なんだろうなあ、多分黒髪でシチサン分けとかしていて、趣味は仕事、特技も仕事。憂鬱だ。
 それでも明日は来た。珍しく朝に目が覚めてしまって、することも無いので出かけざるを得なかった。

「あのー、諜報部の大尉と面談なんですが……」
「ミョウジ中尉ですね。お話はお伺いしております。こちらの部屋までお願い致します」
「はーい……」

 通された部屋はあまりいい思い出の無い諜報部の会議室だった。ドキドキしながらドアを開けると、わたしの知っているその部屋とは打って変わって、まるで一人の仕事部屋のように大きな机は取り払われている。部屋には誰もいなかった。時間を間違えてはいないかと時計を見たが、見事な5分前行動である。
 所在無く立って待ちぼうけること30分、帰ろうかとドアノブに手を掛けるとそれと同時に扉が開いた。

「うわっ」
「あ、もういらしていたんですね。初めまして、諜報部大尉のハザマと申します」
「うわ、緑!」
「……何ですか、その反応は」
「全然想像と違う! 黒髪の七三で眼鏡とか掛けてて、怖そうな人だとばかり」
「勝手な妄想をするのはおやめなさい」

 現れたのはいかにも人の良さそうな、緑の眩しい背の高い男の人だった。若い。同い年ぐらいだろうか。
 その人はつかつかと歩いて椅子に腰掛けると、立ったままのわたしにソファに座るように促した。座って待っていればよかった。

「ではあなたには今日から私の補佐官でもして頂きましょうか」
「え? わたし辞めるつもりで」
「その割には制服を着てやる気満々のように見えますが。まさか余所行きの服をお持ちでは無いとか言いませんよね」
「帰ります」

 何だこいつは、失礼にも程がある。踵を返すわたしの首根っこをハザマさんは摘んで離さなかった。身長差が間近に感じられて、なんというか、威圧感が酷い。

「お見えになった時点で復職の手続きは済ませてありますので」
「あー、だから遅かったんですね」
「コーヒーをお願いします」
「だからわたし辞めるんですって」
「人手不足なので辞めさせるわけにはいきません」
「辞めます」
「辞めさせません」
「辞めます」
「ミョウジ中尉、私こう見えて仕事は出来ますので楽はさせてやれる自信があるのですが」
「楽って……」
「お互いに悪い条件では無いと思いますよ。私も話し相手が欲しかったので」

 まるでわたしが働きたくないばっかりに理由を付けて休職に持ち込んだことを知っているかのような口振りで、嫌な汗が背中を伝った。内戦後精神を患って休暇を貰う衛士は少なくなかったけれど、これ幸いと便乗した馬鹿はわたししかいないだろう。
 これ以上話し込んではいけない。開いてるんだか閉じてるんだかわからない目にあっさり負けてしまった。

「とりあえず帰っていいですか? 色々準備とかありますし」
「そのまま逃げるおつもりでしょう?」
「まさか!」

 なんとなくこの人からは逃げられない気がした。理由らしい理由をつけるなら観念した。
 それからは言った通りの楽をさせて貰える筈もなく、やれ書類整理だとか、やれ身辺調査だとか、散々扱き使われては仕事が遅いと文句を言われる毎日だった。
 それでもなんだかんだと世話を焼いてくれるのは有り難いし、わたしにとってもいい話し相手になってくれた。意味も無く休日に職場を訪れては談笑したり、帰り道に食事をしたり、ハザマさんのことを好きになるのは時間の問題だった。

「ハザマさん、わたし最近元気になったねって言われるんです」
「それはよかったです。まあ元気過ぎて困ることも多々ありますがね」
「ハザマさんに引っ張り出してもらえてよかった」
「少々強引でしたので、恨まれているかとばかり思っていましたが幸いです」

 ハザマさんは嫌味も多いけれど結構優しく笑うのだ。その時もあたたかい感じで笑いかけて、こんな風に働けるんなら悪くないなあとか思った。

「そうだ、今度のお休みお出かけしませんか?」
「構いませんが、私デートは慣れておりませんので……どこか行きたいところはありますか?」
「ブローチが欲しくて、お買い物に付き合ってもらえたらなーって」
「わかりました。必ず」

 とは言ったものの、休みは中々合わなかった。人手が足りていないんだから当然だけれど、なんだかヤキモキしてしまって、わたしにだけ三日間の休暇が与えられた次の出勤日だった。ハザマさんは多分約束のことを知らない。

「たまには思い出話をしましょうか」


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