君に痛み分け | ナノ
「相談? 私に、あなたが?」
「わたし頭おかしいかもしれないんです」

 ライチさんは白衣の袖をまくって、とりあえず飲みなさいと冷たい烏龍茶を出してくれた。仕事中怪我をしてしまって立ち寄ってから、ここがわたしの掛かりつけの医院になっている。
 助手の女の子はわたしの制服を見てやっぱり警戒していた。わたしだって親の仇が来たらそうもなります。

「あ、そういえば先日はありがとうございました」
「風邪だったわね。あんまり頑張り過ぎちゃダメよ、無理は禁物ってね」

 ライチさんも烏龍茶を一口飲んで、それから思い出したように冷蔵庫の肉まんを温めてくれた。毎回どこで買っているんだろうか、とても美味しいからお店を聞こうと思いながらいつも忘れている。

「無理もしますよー。補佐官って結構大変で、最近は休む間も無いぐらい!」
「あら、前までは楽な職場だって小躍りしてたじゃないの。そんなに統制機構って忙しくなったの?」
「内情はご存知の通り大して変わってませんよ」

 ライチさんはたまにうちの職場の探りを入れる。信用していないわけでも、ましてや嫌いなわけでもないけれど諜報部たるもの機密事項は死守するものだ。
 期待通りの答えが得られなかったからか、少しつまらなさそうな顔をしながら彼女は肉まんを頬張った。

「それでどうしたの?結構深刻そうだけれど」
「えーっと、ライチさんは恋人がある日を境に急に別人になっちゃったら、どうしますか?」
「恋人が……」

 途端に暗くなっていく表情に、地雷を踏んだかと身構える。申し訳ないことをしてしまった、ライチさんほどの美人ならそんなの簡単に切り抜けている筈、とか安直に考えていたけれど、そういえば彼女から男性の話が出ることはなかった(ストーカーみたいな忍者のことはわたしの言いたい男とは別のカウントである)。

「そうね……私なら待つわ。元に戻るまで、勿論何もしないんじゃなくて自分でも行動はするけれど」
「待つ、かあ」
「信じて待つの」

 悲しそうな表情にさせてしまって心が痛んだ。相談しに来たというのにこれではお互いネガティヴになって終わってしまう。

「変わっちゃったんです」
「恋人が?」
「恋人……じゃないけど、なんか、ある日を境に性格も口調も見た目も変わっちゃって。まるで別人なんですよ」
「イメチェンじゃないの?」

 からりとした笑顔に不安が吹っ飛んでくれればいいけれど、やっぱりもやもやした気持ちは晴れないままだ。

「やっぱりそうなんですかね。でもたまに戻るんです、わたしが知ってる雰囲気に」
「どういう時に?」
「不意に」

 テルミさんはたまにハザマさんみたいなことをする。具体的にこの仕草が、とかそういったことはないのだけれど、ハザマさんだったらするだろうなあということをやってのけた。極め付けは昨日の夜の様子だ。その度にわたしは胸が苦しくて妄想の世界にトラベルしている。トラベリング。嘘だ、単純に現実逃避しているだけである。

「でもどうしてそれでナマエさんの頭がおかしいってことになるのかしら。おかしいのはむしろその人の方じゃないの?」
「それもそれなんですけど、まるでテルミさんとハザマさんが別人みたいに思えて仕方ないんですよ。ありえないのに……って、ライチさん?」

 ライチさんはいきなり立ち上がって、怖い顔でわたしを睨み付けた。優しくて美人の女医さんからこんな態度を取られるのも悪くないかもしれない。
 呑気なわたしとは打って変わって、額に汗を垂らしながらライチさんは恐る恐る聞き返す。

「テルミ?」
「ハザマさんの本名みたいですよ。変わった日から、俺のことはそう呼べって。やっぱりおかしいのってあっちの方で……」
「なるべく近寄らない方がいいわ」
「え?」
「ハザマ大尉、距離を置けないの? 診断書なら出すからまた休職でもして!」
「そんな、わたしってそこまで変ですか?」
「いいから!」

 ライチさんは書き殴った診断書を押し付けて、もう一度、関わらない方がいいと念を押してわたしを追い出した。それからすぐに看板の明かりが消えて、カーテンも閉められてしまった。
 テルミさんの名前がそんなにおかしかったんだろうか。やっぱりあの人はユウキ=テルミ本人で、ハザマさんは乗っ取られてしまったんだろうか。
 そう考えると全部辻褄が合ってしまうけれど、あまりに現実的じゃないからわたしは診断書を川に投げ捨てた。心身の喪失とか書いてあるこれを貰ったのは二度目で、最初は随分昔のことだ。

「話す相手は選びなさい」


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