君に痛み分け | ナノ
「眠い」
「寝るか」
「仕事中なのに?」
「休憩も必要だろ」

 言うや否やテルミさんは早速机に突っ伏した。早起きのせいでわたしはもうヘトヘトだ。休憩というお言葉に甘えて、ソファに横になって気がつくと夜だった。夜だと。
 寝過ごした。瞬時に浮かぶのは長い睡眠に苛立った上司の剣幕で、なんとなく怖くて目が開けられない。

「……それで、レリウス大佐ときたら実験をしようだとか言い出して散々な目に遭ったんですよ。まったくあの人も得体が知れないというかなんと言うか。まあ私も人のことはいえませんが」
「(ハザマさん?)」
「そういえばナマエさん、以前ブローチが欲しいと仰っていましたね。似合いそうなものを見付けましたのでテルミさんに渡しておきました。お気に召されたら幸いです。本当なら自分で渡したいものですがね」
「(ハザマさんだ)」

 一人で喋舌り続けるのは確かにハザマさんだった。どういう状況か、全く話は見えてこないけれど、ハザマさんがわたしが起きていることに気が付いていないことだけはわかる。それにハザマさんはテルミさんにとか話していて、それはわたしが連日考えている答えそのものだった。
 飛び起きて話をしたい気持ちもあれば、このまま寝たフリを決め込んでテルミさんに叩き起こされるのを待った方がいいとも思えた。

「しかし妙なことになってしまったものです。幸いにもあなたが普通なものですから巻き込まずには済んだようですが。私、こう見えてあなたのことを気に入っていたんですよ。テルミさんもこんな気分だったんですかね」

 わたしもそうだって、一目会ってお話ししたいって言えたらいいのにここで目を開けてはいけない気がしてならないのだ。何がなんだかわからないけれど、ハザマさんは隠し事をしている。隠せていないけれど巧妙に隠しているつもりになっているところに水を差して果たして彼は満足するんだろうか。
 お喋舌りなこの人だからきっとそのうち自分から言い出すに決まっているとかいう根拠のない根拠もあった。わたしはこの人のことなんて何も知らないのに。

「さて、長話もここまでです。……とっとと起きやがれ給料泥棒が」
「うぎゃ」
「んだよその色気の無ェ声は」
「痛い……」

 ハザマさんは人が変わったかのようにわたしの髪を無理矢理引っ張った。目の前にはガラの悪いにーちゃんが不機嫌そうにわたしを見ている。叩き起こされるにしてもこんな手荒なことは想像もしていなかった。

「も、申し訳ありません……わたしこんなに寝ていて」
「減給な」
「すみません! 以後気を付けますのでそれだけは許して下さい!」
「冗談だっての。おら、飯行くぞ」

 テルミさんがニヤリと笑った。そうだ。

「ナマエちゃんの奢りな」
「あ……! さすがに二日連続はきついって!」
「二言だったから三日だっての。それで水に流してやんだから感謝しろや」

 ズルズルと引きずられるように夕飯時の街に連れて行かれて、これなら減給の方がマシだったと感じた。

「上司の話は聞くものです」


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