フィラデルフィアの再現 | ナノ

 同期が死んだ。十余人ぐらい、中にはわたしの士官学校時代の恋人もいた。
 ソレなのにわたしは今、ハザマさんの今にも溢れ落ちそうに浅く被られたハットにばかり気を取られて居る。彼はいつもみたいに張り付いた笑顔を崩さないで、ペンを回しながら退屈そうに、椅子に深く腰掛けていた。
 葬儀は合同で行われるらしかった。欠席を許さない通達文書に二人して溜息を吐くのは今年に入ってコンナ事が四度目であるからに他ならない。最近よく人が死ぬ。最初こそ泣き喚いていたわたしも最早慣れてしまって、儀礼服のクリーニングのことばかり考えていた。

「前線に出なくて済むのは最高ですね、ミョウジ中尉」
「そうですか。わたしはさっさと帝の為に死んでしまいたいです」
「心にも無い事を言うものではありませんよ」

 指先から綴られる報告書には、諜報部内外を問わないの戦死者の名前が癖のある文字で澱みなく載せられている。まるで百貨店が在庫を管理するように、端的に、事実だけが語られているのはあまりに人間味が無くて気色悪かった。
 ハザマさんは部下が死んでも特に何も気にしていない様子だった。ハザマさんはわたしが死んだってどうでも良いんだろう。ハザマさんは冷たい人だ。ハザマさんは笑顔の下に恐らく慈愛を隠している。ハザマさんは、とか謂うのはわたしのただの希望であって、この人は本当に冷血な人間である。人間である事すら疑わしいぐらい、事務的に、機械のように戦況を嘲笑っているだ。思うにわたしの精神は既に壊れていて、だからソンナ彼の言動を逐一気に掛けている。

「まったく、イカルガ連邦もしぶといものですね。そもそもの戦力差を何も理解していない」
「ハザマさんは人を殺した事があるんですか」
「まア、数万回程度には。いつも貴女は抵抗をしませんでしたよ」
「わたしが?」
「いえ、こっちの話ですので」

 ハザマさんはそれでも尚笑っている。わたしが最近眉間に皺を寄せて口角を下げているのが常なように、不安とか、心苦しさとか遣る瀬無さとか言うあんまりよくない気持ちを表現するのが彼にとってはこの笑顔なんだろう。そう思い込むと薄気味悪い戯けた顔も痛ましくなってきた。わたしは思い込みが激しい。

「それにしても今日は暑いですね」
「そうでもありませんよ。昔は夏とか言うのがあったみたいですけど」
「令和の話ですか?」
「レイワ?」
「あの頃は確かに暑かったですね。地球温暖化とか言って、二酸化炭素を減らそうと無駄な努力ばかりして」
「さっきから何の話ですか……」

 ハザマさんは最近ワケの分からない話をよく挟む。ヘーセーやメエジにユトリとか、なんか昔学校で習った事のある単語だけれどさもその時代を知っているみたいに、あたかもそこにいたようにヘラヘラと語るのだ。
 ソレをわたしは聞いて聞かぬフリをしていた。何ンと無く、あんまり掘り下げてはならないような気がしていたのだ。

×
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -