汝、隣人を愛せよ。 | ナノ

子よ、私はいつもお前と共に在る。

スーツに皺が寄るからと、尾形さんは着たばっかりの上着を脱ぎ捨てた。職場ではネクタイを締めているのに今に限っては胸元を開けているからなんとなく恥ずかしい。
わたしは確か、帰ってすぐに横になった筈だ。けれどいつの間にか部屋着になっていて記憶が抜け落ちていることに震えがする。他に何か無礼を働いていないかと携帯を開こうとした腕は彼の右手に制止されてしまった。目が合う。真っ黒な瞳は豆電球だけの部屋に濡れていて、ゴクリと喉が鳴る。

「あの、帰らないでってそういうのじゃなくて……」
「嫌じゃねえんだろ」
「でもわたし、服とか脱ぎたくありません! ……怪我してますから」
「見せてみろよ」

彼の太い指が左脇を這った。そこにはあの時、アイツから付けられた傷があるんだ。Tシャツの裾が手のひらの中で蛇腹を描いていく。仄暗さに開いた瞳孔がじっとりと、未だ生々しい傷痕をなぞっていた。


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盗撮写真を前に愕然としていたわたしを横目に店長は無言で電話を掛けてくれた。
警察署はすぐ道路向かいだからそのまんま連れられて、婦警さんの前で今まであったことや送り付けられたメッセージを一つひとつ説明する。心当たりは? ありません。最近別れた恋人は? 大学以来ずっと一人です。誰かに相談されましたか? 同期に少し話しました。
データをSDカードに転送して、自宅と職場周辺の巡回強化と引き換えに帰路に返された。こういう時はわざとパトカーに乗せるらしい。牽制になるとか、今思えばその理屈は間違っている。

しばらくはなにもなかった。週末の菓子詰めも、妙なダイレクトメッセージも、気味の悪い写真と液体も、これをキッカケに店長と付き合い始めるようになった以外は何も変わらなくて、むしろ今までよりズット幸せになった気でいたのだ。ただ店長はお金の足りない人だから毎度のデートは十円単位で折半で、けれどそういった所すら大人みたいだと浮かれていた。

決定的な瞬間は、店長とお酒を飲んで、翌日シフトが入ってる彼と別れてすぐのことである。そんなに暗い道でもなかった。遅い時間でも無いし、人通りだってそこそこあったのだ。
前の方から帽子を目深く被った男の人が歩いて来るのは携帯の画面を見ながらでもなんとなく確認できていた。だけどそこらの通行人と同じく、大して気に留めるわけも無い。男の人はわたしの少し前で止まって、何となく視線を上げても目は合わなかった。その代わりにソレはゆっくりと近付いてきて、すれ違いざまに何か呟きながら、


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横腹がヤケドでもしたみたいに熱い。何が起きたか分からなくなって、無我夢中で、ソレを道路に突き飛ばしたのだ。丁度トラックが走っていて、帽子頭が、綺麗に宙を舞ったのを横目にわたしはそのまんま気を失った。


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「綺麗には治んなかったな」
「あ……、こんなの、引きますよね」
「いい男避けになっただろ」
「かもしれませんけど、え?」
「戻って来てくれてよかった」

刺されたのは丁度、今の職場に転職して暫くした時だ。
店舗どころか本社にまで脅迫紛いのFAXやメールが届き始めたので店長からの勧めで退職した。その後すぐに今の会社の鹿児島支店に雇ってもらって、そうだ、入院中に彼とは連絡が付かなくなった。
尾形さんが言っているのは多分復職の話だろう。わたしが戻って来なかったら優秀な営業マンの彼は今でもズットつまらない事務職のまんまだ。尾形さんは、営業に異動になってから活きいきしていると上司が言っていた。死んだような目付きではあるけれど、確かに彼はいとも簡単に大きな案件を持ってくるらしい。

「あの、わたし」
「ずっとこうしたかった」
「え、尾形さん?」
「名前、好きだ。愛してる」

月並みな言葉に添えて尾形さんが唇に舌を這わせた。口元は冷たくって、思わず目を閉じる。流れるようにベッドに押し倒された。覆い被さって、抱きしめる彼からはケーキみたいな甘い香りがする。

「尾形、さん、ダメですって……!」
「名前は俺の事が嫌いか?」
「えっと、嫌いじゃないです、……多分」

不思議なことに尾形さんの低めの体温に触れると安心するような気になる。丁度、睡眠薬とお酒を一緒に摂取した時とおんなじような、頭がぼんやりして何が起きても構わないような心持ちになるのだ。
尾形さんは手慣れた動作でパーカーを脱がせて、首筋にキスを落とした。耳タブをなぞるように舌が滑る。身体をビクリと震わせるわたしのことを尾形さんは真上から、心底慈しむような目で見下ろしている。

「おがた、さん」
「まだ慣れねえんだ。百之助って呼んでくれよ、名前」
「百……あッ!」

尾形さんの指がTシャツの下に潜り込む。乳首を摘まれて情けなく声を上げる姿にさえ彼は愛おしそうに、名前って、名前を呼びながらキスをした。片腕はわたしの首の下にあって、自ずと近付く距離に意識を保てるのはメントールっぽい冷たい吐息のおかげだ。

「ひゃく、の、……すけ、さんっ」
「名前はこれ、好きだよな」
「ひっ……、 痛いの、ダメです……!」

舌で転がされていた乳首に不意に歯を立てられる。ズキリとした痛みが背徳感を煽って体温が上がった。下に、百之助さんは脇腹の傷を愛おしそうに舐めて、それから右手が下着の中に滑り込んでくる。

「ほんとに、ダメです!」
「こんなに濡れてんのによく言うな」
「やめて、ください……!」

愛液が糸を引く指先を目の前に掲げられて、彼がそのまま指を舐める。まだお風呂入ってないのに、汚いよ。言い訳したところで今更止められるわけもなく指先が優しくクリトリスを撫ぜた。脚が痙攣して、恥ずかしくて閉じようとすると彼の右足に遮られる。

「女って無理矢理される方が興奮するんだろ」
「そんな、こと……っ!」
「強がんなよ。こんなに固くしてんのに」

短い爪にクリトリスを引っ掻かれて、腰ごと跳ねると彼は嬉しそうに笑う。いつも仕事中に見ている表情からは想像できない、テレビを見ていた時の嘲りとは違う、子供っぽい無邪気な微笑みが逆光に眩しかった。

「痛かったら言えよ」
「んっ……いたく、ないです……」

ゆっくりと彼の指が膣内に入っていく。中指なのか人差し指なのかわからないけれど、奥まで届くと柔らかく円を描くように動かされた。その中でもひときわ気持ちの良いところを触られて思わず声を上げてしまったのが間違えだった。彼はニヤリと笑うと執拗にそこを責め立てる。

「尾形さ、ん、そこ……! だめ、です!」
「百之助」
「やめ、れぇ……ひゃくの、すけ、さん……!」
「名前は本当にここ好きだよな。ほら、イッてみろよ」
「やめ、えっ……! あっ、イ…くぅッ」

まだ指一本なのに、あまりに気持ち良すぎてすぐにイッてしまった。昔付き合っていたどの人よりも百之助さんはわたしの身体を知っているような気がする。ゴリゴリと、指を折り曲げたかと思うと次の瞬間には奥の方をトントン優しく突かれた。なんだかよくわからないけれどどうしようもない多幸感がお腹の底から溢れてくる。

「ここ、ポルチオって言うんだぜ。子宮口。知ってたか?」
「知らな、い! えっ、なんで……?」
「じっくり開発しねえとそんなに感じないとこなんだが、名前は偉いな」
「きも、ち、い……あっ、イく!」

圧迫感が増える。二本に増えた指は執拗に子宮口を責め立てて、お腹の奥がきゅうっと切なくなった。頭が真っ白になる、そんなに強く触られている訳では無いのにさっきから絶頂のまま帰ってこれない。

「名前はいつ見ても可愛いよなぁ、そんな顔に生まれてくるからいけねえんだよ」
「百之助さん、も、だめ……ぇ。さっきからずっと、イキっぱなし……で!」
「ほら、四つん這いになれよ。出来るよな?」
「いやです、もう、イきたくな……い゙ッ!」
「聞こえねえのか? 後ろ向け」
「も、や、だ……」

二本の指が子宮口を抉った。同時にピュッと、おしっことは違う液体が漏れ出たのを感じる。尾形さんはいっそう優しく微笑みながらソレを他人事みたいに眺めて、繰り返し、強い力で膣内を掻き毟る。
腰の力は抜けて涎が垂れてきた。いうとおりにしないところされてしまうんじゃないか、力の抜けた下半身を、言われたまんま腕の力だけで持ち上げる。下着を片腿に掛けて、背中を反らせた畜生以下の情けない姿の自分が窓ガラスに写っている。

「ぅ、あ゙ー……、うしろ、きつ……!」
「力抜けよ、指動かねえだろ」
「入れて、ない、れす……っ!」
「うるせえ」
「ひっ!」

肉厚な手のひらが思い切り臀部を引っ叩く。衝撃がお腹の方まで伝わってそれだけで情けなくイッてしまった。無様なわたしがたいそう面白かったようで、百之助さんが何回もお尻を叩いている。痛いのも気持ちよくなってしまうナンテ、わたしはいつからこんなに浅ましくなったんだろう。

「痛いのが良いんだよな? 腹刺された時も、どうせ思いっ切り感じてたんだろ」
「刺され、たッて、なんで知って……?」
「名前は本当に可愛いな。なあ、笑えよ。私は尻を叩かれて感じる変態だって言ってみろよ。……言えるよな?」
「わたし、はッ、叩かれて気持ちよくなる、へんたい、です……!」
「ははッ、馬鹿じゃねえの?」

強引に身体をひっくり返された。有無を言わせないものだからぎこちなく笑うと、それすらも尾形さんは愉快そうにしている。それからカチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。男の人が怖くなったからアレ以来誰とも付き合ってないのに。ましてや引っ越したんだ、ゴムなんて置いているはずがない。

「百之助さん、ほんとに、それはダメです……!」
「こんなに物欲しそうにしてよく言うな。大丈夫だから」

髪を撫でる百之助さんと目が合った。艶っぽい目線と乱れた髪を見ていると思考回路がほどけていく。この人が言うんならだいじょうぶなのかもしれない。
彼の顔が近くって、長く垂れた髪の毛が顔をくすぐった。特徴的に整えられた髭も、痛々しい手術痕も、生気の無い黒い眼も、月明かりに照らされた青白い肌も、全部が何か尊いものみたいに勘違いしていく。

「名前、力……抜けって……ッ!」
「むり…ぃ、百之助さんのが、おっきい、から……っ」
「こんな時まで可愛いこと、言ってんじゃねえ…!」

肌と肌がぶつかり合う音よりも、自分の吐息とか喘ぎ声とか、心臓の音の方がズットうるさい。百之助さんは時折休みながら、わたしのきもちいいところをピンポイントに突いてくる。

「名前、愛してる……! 全部俺のもんだ、名前、俺の……」
「や、待って、そんなにしたらわたし!」
「っ……、名前……!」
「あああ、あ、百、い……くッ………!」

苦しそうに百之助さんが腰を打ち付けた。壊れる。そのまんま意識が遠のいていって、追い討ちを掛けるみたいに彼が優しく口付けた。



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