可愛いあの娘は失語症 | ナノ

震えるあの娘は低血圧


「お邪魔します……あ、涼しい」
「エアコン入れて出たからな」
「エコじゃないですね」
「俺一人が節電したところで地球は救えねえよ」

 玄関を開けるとすぐに冷気が足元を這った。リビングのドアを完全に閉め切っていなかったようで、これではあまり涼しくなさそうだが仕方が無い。彼女は満足そうに靴を揃え、先日と同じく足音を立てずに部屋に上がり込んだ。

「本当にお邪魔じゃないんですか?」
「別に」
「やっぱり尾形さんのおうちってキレイです。わたしだったらお部屋に来る前にちょっと待ってもらって、掃除とかしなきゃいけませんし」
「埃してたら気持ち悪いだろ。そこ座って待ってろ」

 大きな冷蔵庫を買った割に今まで十分に使うこともなかった。6分の1カットのスイカは良い存在感を放っている。調味料、酒に並んだ夏の味覚は不釣合いで笑ってしまった。
 先日とは進歩したもので、彼女はソファに浅く腰掛けて背筋を伸ばしている。お茶を手渡すとすぐに飲み干してしまうからペットボトルごとテーブルに置いて、缶ビールを開けると何か悪いものでも見たような表情をした。

「休日ぐらいいいだろ」
「何も言ってません」
「その辺にリモコンあるから適当につけとけ」
「テレビ大きいですね」
「それぐらいしか娯楽ねえからな」

 土曜の昼は大して女子高生受けする番組もやっていないらしく、彼女はころころとチャンネルを回しながら諦めたように寄って来た。丁度水に火を掛けていたところを眺められるものだから気恥ずかしくて、振り返るとグラスを片手に笑っている。

「お酒飲みながらお料理するんですね」
「こんなもん料理とは言わねえよ」
「それでも男の人が何か作ってるのって絵になります」
「そのうちもっとまともなもん作ってやるから事前に連絡しろ」

 素麺はすぐに茹ってしまった。
 箸を二膳と器を出すと彼女は少しだけ、怪訝な顔をしたがすぐにいただきますと手を合わせる。アレが食いたいコレは嫌いと主張しないのが悪いのだ。

「生姜いるか?」
「女子高生は生姜とか使いません」
「明日子はここぞとばかりに薬味入れるぞ」
「明日子ちゃんかー……あの、今日ですね、あ……。食べ終わってからお話しします」

 杉元と明日子がクレープ屋に行っていることを彼女は知っていた。丁度電話を掛けた頃に一緒にどうかと聞かれたらしい。
 配膳時の不機嫌はそれか。思考回路だけはまともにガキっぽいコイツはやっぱり笑っているが、今までより幾分か下手くそに見える。

「悪いことしたな。俺なんかの誘いに乗ってないで行けばよかったじゃねえか」
「佐一さんから誘われたかったんです! わたしなんかが急に行ったらきっと迷惑そうな顔されます」
「女ってのはいくつでも面倒なもんだな」
「皆おんなじですよ」

 女なんて、結局のところ男の忠言など少しも耳にしないのだ。
 それでも黙って聞き役に徹することはしなかった。大体、杉元の話題が続くこと自体どうかしている。

「大体女子高生のこと誘うおっさんなんざろくでもねえんだよ」
「じゃア尾形さんは?」
「……俺はたまたま暇だっただけだ。それにどこぞのお嬢様からお勉強を見て欲しいなんて言われましたからな」
「ですからそれは言葉の綾って感じで!」
「今日俺の家に来たこと杉元に話してもいいか?」

 彼女はいつもの苦笑いでなく、表情を失った。何か途方も無く悪い事をした気分になり飲み物で誤魔化そうとすると、スイカ、と珍しく無礼に言い放つ。塩は要らないらしい。

「冗談だよ。俺だって知られたくねえわ」
「じゃあもう来ません」
「だから冗談だって。機嫌直せよ」

 頭を撫でそうになった腕を引っ込める。どうかしている。俺は何がしたいんだろうか。
 スイカの種を几帳面にティッシュで覆いながら吐き出す彼女は、どうしても明日子と同い年に見えない。俺の知る女子高生とは明日子ぐらいで、単にそれが豪快で底抜けに明るくプラス思考であるだけで、本当のところ10代後半のガキとは得てしてこういうものなのかもしれない。

「……なんか、あの、顔がパリパリします」
「日焼けだろ。洗面台に化粧水あるから使っとけ」
「男の人もスキンケアするんですか?」
「前の女の忘れ物だ」

 スイカを食べ終えて、彼女は手を合わせた後にさっさと洗面台にいってしまった。化粧をしない女子高生は洗顔も短いようで、すぐに戻って来た時には今までに見た事が無いような、複雑な笑みを浮かべていた。

「あの……わたしもう帰ります」
「別に大した用事も無いんだろ。ゆっくりしていけよ」
「でも、彼女とかに申し訳無いです」
「彼女? お前まさかそっちの気があったのか。杉元の事が好きとか言うからてっきり……」
「わたしのじゃなくて尾形さんのです! バカなんですか!」
「は? いる訳ねえだろ」
「え、あ……えッ? そうなんですか?」

 女なんて面倒なだけで何もいい事がない。最後にきちんと付き合って別れたのは今年の春先の話で、連絡を取り合ったり、休日を奪われるのが嫌でここ数ヶ月は延々一人の時間を楽しんでいる(と言っても休日は掃除と睡眠ぐらいしかしていないのだが)。
 それを話すとコイツは控え目に笑いながら「わたしも女だから面倒ですよね」と呟いた。面倒な訳が無い。俺が呼び付けたというのにどこまで卑屈なのだろうか。

「その前にお前の事を女として見てるわけねえだろ。気色悪い」
「じゃあ何なんですか」
「ガキ」
「もう結婚だって出来る歳なんですけどねー」
「酒も飲めねえ時点でお子様だろ」

 わたしもお酒飲みたいです、とか言うから缶ビールを差し出すと断られた。仕方無いので缶を開ける。二杯目のビールは解放的な味がした。

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