可愛いあの娘は失語症 | ナノ

悩めるわたしは多血症


 明日終了のスイーツフェアに付き合って欲しいというのが今回の主題である。男一人、それも自分のような外見だと入りにくいのだと顔の傷を指先でなぞりながら佐一さんは笑った。
 あっという間にたどり着いたお店は外観から白とピンクを基調としたいかにも愛らしい佇まいをしている。わたしにはその傷のひとつを取っても恰好良く見えるけれど、内面を知らないここの店員さんやお客さんには確かに恐ろしく映るのかもしれない。

「でも、明日子ちゃんじゃなくてよかったんですか?」
「名前ちゃんと話したかったんだ。そう言えば聞いてなかったけど、甘いものイケるクチ?」
「あんまり量は食べられませんけど好きですよ!」

 ビュッフェ形式なので序盤はクリーム系を避けること、定期的にスープやコーヒーを挟んで胸焼けに備えること、二人で作戦を立てるのは結構楽しくて待機列も気にならない。
 加えて佐一さんは日本男児らしい見掛けによらず話し好きで、絶え間無く日頃のエピソードを面白おかしく語ってくれた。この人と一緒にいたら無言で考え込む時間が無いので心地良い。
 気になることと言えば尾形さんである。昨夜は職場の飲み会があり、深夜まで相当な量を飲まされたらしく出掛ける折にも眠りこけていた。一応お昼ご飯は作って書き置きも残してきたが寝ながら吐いてはいないだろうか。

「名前ちゃん、どうかした?」
「え? あっ、何でもありませんよ。もうすぐですね!」

 今は佐一さんと一緒にいられる幸福を噛み締めるべきだ。最近のすべてを度外視しても、杉元佐一さんと言う人が恰好良くて優しく素敵な男性であることに変わりは無い。大きな手とか、高い身長とか、さりげない気遣いにはやっぱりドキドキしてしまう。

「佐一さんってモテるんですよね」
「え!? 急にどうしたの!」
「あ……すみません!」

 思っていたことがそのまま口に出てしまって、二人して大声を出したせいで店内の方々から視線が集まった。馬鹿だ、子供と大人でただでさえ目立つ組み合わせなのにわたしは何をやっているんだろう。
 けれど気になるものは仕方ないのだ。話してくれた近況に女性の影はないがこんなに恰好良い人を世の中が放っておくはずがない。

「全然だよ。こんなにでっかい傷があるからヤベェ奴に見えるみたいで」
「まあ、確かに……パッと見怖いですけど」
「あーあ、同じ傷持ちなのになんで尾形の野郎には女が途切れねえかなあ」
「えっ……」

 不意に尾形さんの名前が出てきてハッとした。尾形さんの女遊びに関しては以前白石さんから聞いているし、本人だって隠すつもりも無いようだ。最近はいないって言っているけれどもしかしたら昨日の「職場の飲み会」は嘘で、合コンとか女性とデートをしていたのかもしれない。

「あの、そう言えば、職場で飲み会とかないんですか?」
「俺の部署は白石が辞めてから少なくなったな。……ああ、尾形んとこは毎週やってるみたいだけど」
「そう、なんですね!」

 毎週飲みの席があるのに尾形さんは昨日以外出ていない。それに安心して、嘘じゃなかったことに気持ちがスーッと軽くなった。のに次の瞬間頭が痛くなる。そもそも尾形さんがわたしに嘘を吐く必要なんてどこにもない。
 結局わたしってどうなったら落ち着くんだろうか。小休憩に用意したコンソメスープはとうにぬるくなっていて、クルトンもふやけておいしくない。タイミングが悪い。





「それで、名前ちゃんは最近どうなの?」
「わたしですか?」

 本日の締めに、佐一さんはショートケーキを構えてわたしはプリンを啄んでいる。急なトスに口籠ってしまったけれど、佐一さんの穏やかな表情が胸につっかえていた「よくわかんないあんまり触れちゃいけないと思っていたもの」を溶かしてくれた。

「恋と愛の違いってなんでしょうか」

 こんなことをどうしてわたしは佐一さんに聞くんだろう。
 コーヒーを飲んだばかりの佐一さんは顔を真っ赤にして咳き込んだ。本当にどうしてこんなことを聞いたんだろう。恥ずかしい、愛とか、馬鹿みたいだ。

「忘れてください!」
「はは、名前ちゃんって面白いね。……しかしまた難しい質問だな」

 こんなの同級生に聞かれていたら末代までの恥であるが、そこはかの優しい佐一さんである。いくら明日子ちゃんと仲が良いからってバラすようなことはしないだろう、多分。
 考え込むようにコーヒーにミルクを流し込み、かき混ぜて、そうだと手を叩いた。

「何かして欲しいって言うのが恋で何かしてあげたいって思うのが愛じゃねえかな」
「……ん?」

 たとえばこのショートケーキ、と大きな手がフォークを握る。

「上に乗ってるイチゴをさ、もらったら嬉しいでしょ?」
「はい。苺ショートですから!」
「好きな人からもらえたらもっと嬉しいと思うけど、本当に好きな人には自分の分をあげたいって思うんじゃないかな」

 咄嗟に思い浮かんだのは佐一さんからイチゴを譲ってもらう自分の様子である。食べかけのプリンの上に置かれるとかそのままフォークを差し出されるとか、想像しただけで顔が赤くなるがそこにあるのはただの願望だ。

「って、なんかわかりにくかったね。俺は独り身だからよくわかんねえけど、愛する人って大切だから喜んでもらいたいもんじゃないかな」
「大切……だったら!」

 男とは性欲を起点に動く怪物だとクラスメイトが訳知り顔で語っていた。穴があったら入れたいとか、わたしには高度な話で流していたがそれこそ今、恥をうわ塗ってでも聞くしかない。

「あの、もし……もしもですよ! 女の人と夜に二人っきりだったとして、どうしますか!」
「えぇ!? えっと……お店出た後に続き話そうか」

 頬を掻きながら佐一さんが苦笑した。心なしか店内の皆々様がわたし達を白い目で見ている気がする。真っ昼間にわたしは一体何を大声で質問しているんだろう。





 レジ前で佐一さんは当然のように五千円札を出した。申し訳なくて、わたしも払いますって言うと彼は「だったら端数だけお願いね」と笑う。ケーキとか、スープとか、プリンとか飲み物をいただいてしまうのは心苦しいけれど支払った三十一円が罪悪感を少しだけ消してくれる。
 こう言う時尾形さんだったらどうするかとか、考えてやっぱりあの人は強引だと思った。あの人ならば「便所行ってくる」とか言ってその間に勝手にお金を払って外で煙草を吸っている。

「……すみません」
「この間のお礼だから気にしないで。それよりさっきの続きだけど、暑いしどっか涼しいとこ探さないとな」

 生憎お腹は膨れていて、喫茶店に入っても何も注文できる気がしない。お店はいくらでもあるものの人通りの多いところでする話でもないし、回答は求めない方が良い気がする。
 もう大丈夫ですよって、言おうとしたところを佐一さんがまた思い付いたように手を叩いた。足取りはバス停に向かっている。

「じゃあうち来ない? 今日って予定ないんだよね」
「はい。……はい!?」
「遅れてなけりゃすぐバス来るから。ちょっと歩くけど大丈夫?」
「あ、え、大丈夫、です!」

 気持ちの振れ幅が大き過ぎる。憧れを重ねていた佐一さんの家に、まさか一人で踏み入れられるだなんて少しの整理もつかない。

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