可愛いあの娘は失語症 | ナノ

悔やむわたしは敗血症


「飯、うまかった」
「よかったです……あっ、明日朝から体育祭の練習があるので先に寝ます」
「ああ」

 火曜、水曜、木曜日が過ぎていく。あの日以降も尾形さんは相変わらず晩酌を嗜んだ後に濡れた髪で同じベッドに横たわる。
 あの夜のことは気にしないことにしましょうと提案したのは自分なのに、尾形さんがわたしの身体に一切触れようとしない現状に焦燥感じみた気持ちで覆われた。

「あ……」

 真っ暗に照明を落とした寝室で、スマートフォーンが佐一さんからのメッセージを示している。土曜日の集合時間、場所、こうしてベッドの中でひっそりとやり取りをすることに後ろめたさを感じるのは何故だろうか。

──名前ちゃんも門限なくなってよかったね
 もう高校二年生ですから! お泊まりもできますよ
──じゃあ今度うち泊まる?

 そのフレーズに胸が跳ねないのは何故だろうか。

 明日子ちゃんと白石さんも誘いましょう!
──そうだね。九月とかどう?
 はい! 体育祭終わった後にお泊まり会しましょう!
──尾形にも声掛けとくね

 その文字列に胸が苦しくなるのは何故だろうか。
 お泊り会も何も、そもそも尾形さんの家に泊まっている。自分がどうなっているのか本当は少しだけ気が付いていた。わたしはどちらかと言えば鈍感では無く、良い子を気取っているだけで人目を気にする誰よりも性格の悪い女である。だからホンモノの良い人である佐一さんに自分に無いものを見て惹かれていたのだ。
 だったらどうすればいいんだろう。考えないように無理やり目を閉じて数学の公式とか英単語とか、勉強のことを考えるようにした。今は極力人間のことを思いたくない。それなのにどうしても尾形さんの姿が目蓋の裏に見えてしまう。

 あんなことしなければよかった。アレが決定的だった。あの日土壇場で嘘を吐いた尾形さんの心情がどうしても理解できない。
 一般的に言うのならばあまりに色気の無い子供たるわたしに気持ちが萎えてしまって、常識的に考えるならば未成年に手を出すリスクを回避した、総合的に言うとわたしは尾形さんにとってただの子供なのだ。

「……十年」

 ずっと、背が低くてスポーツに向かない身体に生まれてきたことにばかり悔恨を抱いていた。それなのに今は、どうしてあと十年、せめて五年ぐらい早く自分を産んでくれなかったのかと考えている。
 
「オイ、携帯鳴ってんぞ」
「……」
「聞こえてんのか?」
「……あっ! だいじょう、ぶ、です!」

 いつもわたしを現実に引き戻してくれるのはこの人なんだ。画面に走る文字列に救われた。

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -