無理するあの娘は不眠症
結局ソファで寝たせいで身体中が軋む。ああ言う日は寝付けないものだとばかり思っていたが、不思議と熟睡できたようで早朝五時に自然な覚醒を迎えることができた。
「……何やってんだよ、俺は」
ベッドに横たわる名前に安心してしまう。別に、こう言ったことは初めてではないのだ。土壇場で立たなくなってやめた女、なんとなく面倒になってヤりもせず放置した女、どれも起きた頃には音も立てずに帰っていた。
今の名前に帰る家が無いことならば知っているが、その気になれば深夜でも明日子や杉元は彼女を受け入れただろう。近所にはネットカフェも24時間営業のファミレスだってあるのだが名前はここにいる。
「俺が悪かった。……悪かった」
今日はもうさっさと出勤してしまおう。始発はとうに動いているし月曜日だから別段怪しまれないはずだ。深夜まで残業しても誰も文句は言わないはずだ。走行しているうちに勝手に名前はどこかに行っているはずだ。
昨日の出来事は今日以降に何もつながらない。
「あー……風呂入るか」
「わたしも入りたいです」
「……は?」
寝室のドアを閉めそびれていた。さっさと一人で完結するつもりだった。重い目蓋を無理やりこじ開け大きなあくびを見せながら名前が、昨日より強い力で服の裾を引く。
「あの、尾形さん? シャワー浴びないなら、わたし、眠いからお先にいいですか?」
「いや、いいんだが……は?」
「あっ、その前に朝ごはんとお弁当準備した方がいいですよね。すみません」
昨夜が無かったかのように名前が浴室に去って行く。名前とどうにかなりたいと思えば思う都度俺は夢とか妄想で自分を慰めていた。まさかまた性懲りもなく同じように、しかし確かにベッドサイドの棚にしまったゴムは中途半端に封が切られている。
十分程度、髪を濡らした名前はリビングに戻るやふらふらした手取りで食事の支度を始めた。
「あ、え……オイ、名前?」
「今日って夜は遅くなります? 夕方に学校の、委員会があるのでもしかしたら夜ご飯間に合わないかもしれません」
「まあ、いつも通り、なんだが……」
つい先程まで深夜残業をする気でいたが、ここまで日常を出されては自分を疑いたくなってしまう。状況証拠の全ては昨夜の事実を物語っているのだ。だとしたら疑うべきは俺自身ではなく「最近の若者」の貞操観念だろう。
名前にとって挿入さえしなければアレは些細なことなのかもしれない。頭の中ごとシャワーの温水に流れてくれたら良いのだが、どうしても整理が付く気がしないのだ。
「名前、なあ」
「まだ朝ごはんできてないので先にスーツとか着ててください。あとヒゲ? と、眉毛とか」
「昨日は」
「それは気にしないことにしましょう」
有無を言わせないような強い語気だった。安心と不安が同じ位置で渦巻いていく。ヤッたことを無かったことにされた経験もまたいくらでもあるのだが、その時俺はどうしていただろうか。
簡単な話で、面倒だから疎遠になっていた。名前とはそうなりたくない、ならば言われた通りにする他無い。
「……いただきます」
「お弁当もうちょっとかかっちゃいそうなので、ゆっくり百回噛んでくださいね」
「あ……ああ」
名前はおそらく一睡もしていないのだ。足取りが早朝以外の理由で絡まっている。俺は彼女にどれ程嫌な気をさせたのだろうか。
他人の気持ちを考えたのは今回が初めてのような気がして、不甲斐無く、しかし一つだけ分かったことがある。