可愛いあの娘は失語症 | ナノ

あの娘の求める成人病


「あの、尾形さんはわたしみたいのでいいんですか?」
「好きな女とヤりたくねえわけ無いだろ」
「でもソレって二択だから……うわっ!」

 ブランケットを出来る限り崩さないように名前に覆い被さるように膝を立てた。コイツは少し油断すると簡単に顔を隠すので手首を攫う。苦笑いをする名前の体温は気のせいでなければいつもより高く感じられる。

「色気ねえな」
「うる、うるさいです!」
「まあガキはこんなもんか。嫌だったら嫌って言えよ」
「い、っ……あの」

 両手首を片手でまとめ上げ首筋に顔を落とした。洗面所で感じたシャンプーの甘い匂いと汗が混ざり普段の名前を思い出す。

「嫌って言ったら、どうなるんです?」

 今なら冗談だと笑い飛ばせるだろう、無理なら明日から縁を切ったら良いかもしれない、この手の問答を俺はあと何度繰り返すのだろうか。どの道もう取り返しは付かない。だったら杉元との予行演習という体裁で思い出だけ作って諦めたら良いのだ。

「別にどうにもなんねえな」
「……尾形さん優しくないです」
「最大限優しくしてやるよ」

 処女を相手取るのは少ないだけで初めてでも無い。髪を撫でてそのまま左手を耳、首、鎖骨へ下ろしていく。そして服の上から胸を触り、小さくても大きくても微笑んでやったら満足してくれるだろう。普段ならばここで「可愛いな」だとかリップサービスを挟むのだが、生憎そう言った余裕が無い。
 シャツの下に手を入れた時名前の身体がビクリと跳ねた。鳥肌こそ立っていないものの片目が硬く閉じている。

「すまん。冷たかったか?」
「そうじゃなくてえっと……あの、どこ見て、何言ったらいいかわかんないっていうか……」

 ヤラれてる最中の女が何を見ているかなんて考えたこともなかった。それどころか自分自身もいつもどうしているだろうか。口籠った俺に何か要らぬ勘違いをした様子の彼女は遠慮がちに笑いながら「もっと友達に聞いとけばよかった」と呟く。多分友人一同もいちいち覚えていないし語らないだろう。
 要は手持ち無沙汰で何を考えたらいいのかわかっていないのだ、名前は。そもそも俺達は何をしているのか元を辿れば簡単な話である。それを思えば自然と溜息が漏れて、簡単に答えが出てきた。

「……目ェつぶって杉元のことでも考えてろ」
「え? でも、今は尾形さんで」
「AVみてえに喘ぐ女なんざ現実にはほとんどいねえから、痛い時だけ言ってくれたらあとは無言で構わん」

 ほら、そうやってお前は俺の言う事をなんでも鵜呑みにしやがる。言われた通り目と口を閉じた名前の腕を解放した。すぐに顔を覆って横を向く彼女に不思議と安堵のようなものを感じる。これはただの予行演習だ。
 服の下に潜らせた手をそのまま手繰ってシャツを脱がせた。スポーツとは程遠い、日に焼けていないか細い身体が露わになる。素肌に舌を這わせ、スウェットと一緒に下着を取り払った。極力恥ずかしくないようブランケットは変わらず掛けてやっているが、他人の前で全裸になるのは流石に堪えたらしく名前が俺の手を引いた。

「やめるか?」
「え……っと、大丈夫、です」

 表情は見えないが、ゆっくりと指先を滑らせた先は濡れており、何かに対する優越感のような気持ちで頬が緩んでしまった。
 それまで荒い息以外を漏らさなかった名前の口は明確に刺激に歪み時折足を震わせている。

「指、入れるから力抜け。痛かったら……」
「何回も言わなくてもわかってます! それより、あの……やっぱりなんでもありません!」
「あ? 嫌ならやめ」
「だからしつこいんですって!」

 語気を荒げた名前が俺の目を真っ直ぐ見詰めた。何も本気で怒っている訳では無いらしく、彼女はすぐに「だいじょうぶですから」と続ける。
 浅く、何度か指を入れたすぐに名前は目蓋を固く閉じて俺の首に腕を掛けた。第一関節までの抜き差しでも彼女の眉間に皺が寄っている。ただ次第に口が緩み、媚びるような甘い息が隙間から漏れ出した。

「名前?」
「んっ……痛く、ないです」

 大丈夫だと言わんばかりに名前が俺の首に腕を巻き付けた。ゆっくりと、狭い膣に指を押し入れる。指を曲げる都度名前の腰は大きく跳ね、抱き付く腕に力が篭った。

「尾形、さん……っ」

 薄く開かれた目元は潤んでおり、俺の名前を絞り出す名前の頭をそっと撫でた。「尾形さん」今度ははっきりと彼女の声が俺を呼んだ。

「どうした」
「あの……キスとか、しないんですか?」
「……ああ、そんなことか」

 名前の言う通り、普通だったらセックスする時は事前にも最中にも事後にも嫌と言う程キスをするもんだ。彼女だって当然そう言うつもりでいたのだろう。気恥ずかしそうに名前が目を閉じた。口は薄く閉じられて、服の裾を掴んだ力が震えている。

「そう言うのは本当に好きな奴とだけしろ」
「えっ? 何言って……」

 その姿を見ていると内臓が痛くなった。ついでに頭も痛い。鼻に水が入った時と似たようにツンとする感覚までしてきやがる。

「入れるぞ。ゴム取ってくるからちょっと待ってろ」
「あっ、はい……」

 無知で世間知らずなお嬢様を捕まえて俺は一体何をしているんだろうか。何が本当に好きな奴とだけだ。キスより重い事に及ぼうとする俺は一体何なのだろうか。

「尾形さん?」
「……ゴム切らしてるみてぇだ。今日はもう寝ろ」
「え? でも」
「萎えちまったしタバコ吸ってくる。シャワー浴びたけりゃ勝手にしろ」
「……すみません」

 謝るのは俺の方なのに、名前はあくまで加害者面をしてベッド脇に落とした服を拾い上げていく。すみません。か細い声を今は聞く気になれなくて寝室のドアを閉めた。

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