可愛いあの娘は失語症 | ナノ

 

哀れなわたしの白昼夢


 尾形さん! 叫んだ声で目が覚めた。
 どこからが夢だったんだろう。気付いたらわたしはベッドに寝ていて、フラフラと、リビングに進むと冷蔵庫には昨日作ったスープのお鍋が残っていた。宿題しよう。カバンの隙間からは進路調査票がはみ出していた。
 多分尾形さんは、コレを見て昨日の話を持ち掛けたんだろう。革靴が減っている。キットもう休日の会社に行っているんだ。あの人が帰ってきた時わたしはどんな表情を作ってたら良いんだろう。

「……、………いやだ」

 わたしはたしかに佐一さんのことが大好きなはずなのに、一緒にいて安心するのは尾形さんだ。こう言うのを最低な女って言うに違いない。
 尾形さんに甘え切って、大したこともできないクセに厚かましくクーラーをつけている。尾形さんにとってのわたしは明日子ちゃんみたいに、チョット仲良い程度の子供なんだ。ソンナの分かっているのに頭の整理が追い付かない。

――ずっと一緒にいて欲しい。一生大切にする。

 夢か現実かわからない体温と言葉がリフレインして、体温が上がるのを感じた。
 当然みたいに二人分揃っている食器も、お風呂場の高そうなシャンプーも、持ち物のぜんぶに女の人の謂れがあることも、気付いたら胸の奥がもやもやした。尾形さんはどちらかといえば親戚のお兄ちゃんみたいでホッとするんだ、ソレなのにどうしてしまったんだろう。
 嫌なことを考えたくないから部屋を掃除でもしようと思ったのに、尾形さんの家は隙無くキレイだ。結構几帳面で、コードとかもキッカリ束ねられているのでわたしナンテいてもいなくても一緒だ。

「やっぱりあるじゃん」

 意味有りげに置かれた缶の中にはクラスの男子がお財布に入れているのとおんなじ包装が、二、三箇場所を取っていた。コンドームのことだって知らなかったわけがない。
 尾形さんはあの時のコンビニみたいに、女の人が家にいたらそう言うことしかしないんだ。なんとなく、自分にはヒトとしても女としても魅力が無いと思いたくなくってくっついてみたり一緒に寝てみたりしたけれど、だからと言ってあの人は抱き締める以上のことをしない。

 どうされたいんだろう。

 尾形さんがいなくなってしまったらこの世でわたしのことを肯定してくれる人間が絶滅してしまう。佐一さんは確かに優しいけれど、わたしと明日子ちゃんが同時に崖から落ちそうで、どちらか一方しか助けられないってなったら迷わずわたしを捨てるんだろう。白石さんは多分狼狽えてその間に二人とも落ちて死んじゃう。お父さんとお母さんは見ず知らずの明日子ちゃんを取って、尾形さんだけはすんなりわたしの手を取ってくれるんじゃないかなア、とか考えるのはさすがに都合が良過ぎる。

「あ……」

 そろそろ帰る、尾形さんは頑なにメールを使っていた。トークアプリとか、プリインストールされていないのはひとつも入れてないんだって(でも落ち目のソシャゲはやっていた)。
 今はあんまり会いたくないなア、次に尾形さんと顔を合わせた時にうまく笑える自信が無い。だけどどうしても、気まずくなりたくないのだ。

「……あーあ」

 わたしは何なんだろう。
 佐一さんの事が好きなはずなのに、尾形さんから一世一代の告白をされる夢(ヤッパリあんなの現実では無い筈だ)を見てしまった、わたしは何なんだろう。

 自己嫌悪に浸る中、ガチャン、尾形さんが鍵を開けた。
 取り繕わなくては、何か楽しいこととか考えたら自然に笑えるんだろうか。どう思い返しても幸せな現場には尾形さんがいる。佐一さんもいる。そういえば佐一さんの顔って傷跡以外よく思い出せない。

「あ、えっと、おかえりなさい! お疲れ様でした」
「……焼きそば食いたい」
「そしたらお買い物行かなきゃいけません」

 スーツ姿の尾形さんはどう見たってステキな男の人だった。目を閉じても何日も会わなくてもこの顔ならば思い出せる気がする。だから余計に自分のことがわからないし知りたくも無かったので、何も考えないように努めようと決めた。

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