可愛いあの娘は失語症 | ナノ

揉み消すあの娘は失声症


「名前ちゃんがこの時間にいるのってやっぱり不思議な感じするなー」
「明日はお父さんが一旦帰って来るから、また門限守らないといけないんですけどね」
「窮屈だね。明日子さんのお父さんなんて俺に預けるぐらいなのに」
「……そうなんですね」

 全く無神経な奴だ。そんなだからこの歳で碌に女もいないんだろう。
 それより名前の親が一時的に帰ってくるのは初めて聞いた。携帯が壊れた事を連絡したら嫌々戻って来てくれることになったらしい。道中公衆電話に寄っていたのはその件か。

「彼氏とかできたら大変じゃない? 厳しい親御さんが許さないかも」
「彼氏ですか? ……それは多分、大丈夫……です」
「名前ちゃんってモテそうだけど、告白されたこととかあるの?」
「え、あっ、あー……、実は、先週……」
「マジで! タイムリーじゃん! 明日子さんテレビの音量下げて!」
「ついでに豆電球にしてくれ! 雰囲気出るから!」
「私はもう聞いた」

 俺は聞いていない。
 日没を待つ為に各々狭い部屋で暇を潰す中、杉元と白石が年甲斐も無く盛り上がっている。名前の気も知らないで薄情な奴だ。
 白石が横目で俺を見て心配そうに、それから気持ち嘲るように笑った。安心して頂きたいがガキの色恋沙汰に一々傷心するほどヤワじゃない。

「で、どんな子? 返事は? 告白の場所と言葉は?」
「まあ慌てるなって。こう言う話はじっくり聞くに限るぜ?」
「それもそうだな。ねえねえ、クラスの子?」
「委員会の先輩? です。あんまり話したこと無いからどんな人かよくわかんないんですけど……」

 話題の中心になることに慣れていないと思しき彼女は困ったように左手で髪をかき上げる。何をされたところでそもそも知らない俺にどう助けられると言うのか。

「名前ちゃんって年上から好かれそうだもんねー! 守ってあげたいっていうかさー!」
「足りてねえだけだろ」
「尾形も気になっちゃうわけ?」
「どうでもいい。タバコ吸ってくるわ」

 だったらお前が守ってやれよ。事情も知らないで一方的に服装を叱り付ける教師から、ただの一度も名前を見ようとしない親族から、ひたすら不幸な生い立ちから。
 何の責任も取るつもりがない癖に、杉元が無神経に話を広げていく。名前の横顔があまりに不憫で逃げ出すように外に出た。西陽が眩しく熱気がやはり不愉快だ。





「補習の後に呼び出されて、あの、今度夏祭りがあるじゃないですか? それに二人で行こうって」
「おぉー! 王道!」
「それでそれで?」
「何であなたと一緒に? て言ったんです」
「それは傷付くな……」
「だって、ほとんど話したこと無い人から誘われたんですよ? 意味分からないじゃないですか」
「最近の子って皆こうなのかな……オジサン怖い」
「そしたら、好きだから付き合って欲しいって言われたんです」
「返事は?」
「無理ですって、だってわたし18時以降おうち出られませんし、浴衣も持ってませんし、でもそれ言ったら食い下がってきたんです。なんか気持ち悪くて……その前によく知らない人とは付き合えません」
「まあ確かにそうかもな。見知らぬ奴と簡単に付き合えるのなんてクソ尾形ぐらいだろ」
「確かに尾形は尻が軽いな!」
「二人とも本人がいない前でやめなって……」
「なんだよシライシ、尾形の野郎の肩を持つなんて餌付けでもされたか?」
「さっき外でタバコを貰っていたぞ」
「……尾形さんってそんなに女たらしなんですか?」
「去年は五人で一昨年が七人だっけ?数え切れねーな」
「九人じゃなかったっけ」
「そう……なんですね」





 戻った時には恋愛話はひと段落着いていたようだった。
 未だ乙女のような表情をする杉元に声を掛ける。河川敷は少し距離があるんだから、そろそろ買い出しがてら向かった方がいいだろう。

「一万円分ぐらい買っちゃう?」
「俺今月ヤバいかも……」
「よかったなシライシ。今日は尾形がいるから安心だ!」
「人を何だと思ってやがる」

 いやに図々しい奴らを置いて名前だけが恐縮そうに笑っている。夏と言えばスイカ、海、花火、哀れな女子高生に足りていないのは祭りの縁日だ。

「土曜、夏祭り行くぞ」
「え? 来週じゃなくてですか?」
「隣町のだったら昼からやってんだ」
「でも浴衣持ってません」
「行き掛けに買ってやる。ついでに着付けしてもらえ。杉元達もどうせ暇だろ?」

 振り返ると三者三様意味深な顔をしていた。俺が何をしたと言う。

「尾形ちゃんってさあ……」
「よせ白石、俺も多分同じこと考えてる」

 一体何の話だろうか。靴を履きながら二人がコソコソ話している。
 名前が気まずそうに笑う。これだったら逃げずに名前お嬢様の有難い恋愛経験談を聞いておけばよかった。

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