可愛いあの娘は失語症 | ナノ

惑えるあの娘は神経痛


「お前らだけか?」
「名前を誘ったんだが断られた。弟さんの大会で準備があるらしい」
「帰る」
「尾形ちゃん待ってよー! 車アテにしてたんだからさー!」
 
 珍しく明日子に言われて車を飛ばしたものの、待ち合わせ場所には白石と谷垣を含めた三人しかいなかった。杉元もいないとあればここにいたところで時間の無駄だ。
 大口契約成立祝いに杉元にサプライズパーティを仕掛ける。そんな用事にあいつが欠席とは少しも考えていなかった。変に自信を持って確認の一つしなかった自分のせいではあるが、たまの休日を引っ掻き回されるのは素直に不愉快だ。

「谷垣ぃ? 結婚したんなら車の一台ぐらい準備できねえとすぐ捨てられるぞ?」
「新居は駅の近くなので必要無いかと……」
「そんなんでガキの送迎はどうすんだ、甲斐性無し」
「あまり谷垣をいじめるな!」

 少しの問答の間で白石がぬるりと後部座席に滑り込んでいる。チャイルドロックを遠隔からでも掛けられるならばこのまま蒸し焼きにして殺してしまいたい気分だ。
 仕方がないから二人も車に乗せる。当然のように助手席に乗り込もうとした明日子は谷垣もろとも後部座席に詰め込んだ。俺はタクシーか。目的地は郊外のショッピングモールだと明日子が叫ぶ。

「家は貸さんからな」
「杉元の家の鍵を持っているから安心しろ!」
「買い物終わったら帰るぞ。たまには一人でゆっくりしたいんだよ」
「尾形主任は独り身では?」
「谷垣は嫁の扶養にでも入ってろ」

 休日にも関わらず道が空いている。
 ショッピングモールで大量の肉、菓子類、酒を買い込みプレゼントを探し歩く。どう考えても食糧品は最後に購入すべきだろうが。荷物持ちの谷垣がさすがに哀れに見えるも加勢してやろうとは少しも思わない。

「杉元はああ見えてロマンチストだからな。部屋を飾り付けてたらきっと泣いて喜ぶぞ」
「俺だったら帰宅して部屋が輪飾りだらけになってたら別の意味で泣けるな」
「クラッカー買わない? あとケーキ!」
「近所迷惑だろ」
「ケーキならもう尾形の名前で予約してある!」
「ふざけんな」

 この場所に名前がいたらどれ程はしゃいでいたものだろうか。谷垣とは会ったことがあるのだろうか。今頃どんな気持ちで弟の為に働いているのだろうか。
 プレゼントにとジョークグッズを物色する三人を背に気が付いたら電話を掛けていた。1、2、3コール、4コール目で電話が切られる。直後に届いたショートメールには「あとでかけなおします」が誤字脱字をふんだんに盛り込んで綴られていた。

「尾形ちゃん何にやけてんの?」
「うるせえ。殺すぞ」
「クゥーン」
「尾形は何がいいと思うか? まともな大人の意見が欲しい」
「オナホとかでいいんじゃねえの」
「ま、真面目に考えろ!」

 結局プレゼントは無難にダンベルに決まったようだ。無難な品がダンベルになるのもおかしな話であるが、あの三人にしては最大限実用的な品が出てきたと思う。
 猟での成果が小遣いである明日子が一番多く金を出し、案の定と言うべきか白石が金の無心をして来た。コイツは毎日何を食って生きているんだ。

「お前に金出すぐらいなら名前に新しい服でも買ってやった方がマシだ」
「その、名前……さんは、尾形主任の新しい女ですか?」
「谷垣ちゃんバカなこと言ってたらまたコイツからまたいびられちゃうよー? 明日子ちゃんの友達の大人しい子のこと」
「ああ、今日誘ったとか言う」
「名前は家が厳しいからあまり遊べないんだ」

 明日子の家が極端に緩いだけではなかろうか。
 名前に毒されているのか、世間一般の女子高生とは得てして日が暮れる前に帰宅し、自由に使える金は必要最低限で、自由は鳥籠より狭く窮屈な生活を強いられているものと考えてしまう。どうかしている。世間は不公平が過ぎるのだ。

「本当に帰るのか?」
「眠い」
「尾形主任、今日は有難うございました」

 杉元は自宅付近の公園で待機させているらしい。何時間待たされているのかを思えば若干不憫であるが、こうして他人が三人も揃って生まれた日を祝福してくれるのであれば文句を言う方が悪い。

「ああ、明日子。間違っても名前に連絡すんなよ」
「どうしてだ?」
「可哀想だろ」

 他人だけでなく親からも祝福されなかった俺はきっと杉元に嫉妬しているのだ。とうの昔に諦めた光景を見せつけられる俺や、名前の気持ちは明日子には一生を賭しても理解出来ないだろう。ポケットの中で携帯が震えている。一秒でもこんな場所からは立ち去りたい。





「尾形さんごめんなさい! 今準備終わりました」
「弟さんは?」
「家族みんなで出掛けちゃいました。アハハ、佐一さん喜んでますか?」
「知らねえ。帰って来たし」

 電話の向こうで名前は、贅沢ですねと怨めしく溢す。そう言うつもりでは無いのにどう話しても彼女を傷付けてしまう。面倒臭い。俺にだってできることとできないことがあると言うのに、彼女の中での尾形という人物はどこまでいっても信頼できる大人なのだ。

「どうして欲しいか言ってみろ。言うだけ無駄なんだが」
「尾形さんとお喋舌りしてたいです。でも言うだけ無駄らしいので切ります」
「は?」
「尾形さんはどうしたいんですか」
「……腹減った」
「言うだけ無駄ですよ」
「知ってる」

 こんな気持ちにさせるんなら土曜日なんて来なければよかった。他人ひとりどうにもできないぐらいなら生まれて来なければよかった。自分からした約束を少しも守れていない。そもそも俺なんかが、誰かの人生を助けることなんぞ土台無理な話だったのだ。

「なあ、もう」
「尾形さん明日お時間ありますか? おうちに遊びに行きたいです」
「……家と学校どっちがいいか選べ」
「おうちがいいです。10時ぐらい、この前のとこだと助かります」

 初めて名前が、協力してくれとか、どこかに行けとかあまり恥ずかしい事を言うなとかそんな瞬間的なものではなく望む事を話した気がする。胸の奥が軽くなるのを感じると次に訪れたのは自己嫌悪だ。これではまるで、俺が救われているようではないか。

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