可愛いあの娘は失語症 | ナノ

落ち込むあの娘は躁鬱病


「保護者さんの確認も取れましたし今回は帰ってもいいですが……、この時間に制服はねえ」
「予備校帰りだったもので。お騒がせ致しました」

 案の定セーラー服と酔いどれ男は警官の目に留まり、遠目から見た通りの笑える状況が広がっていた。
 不良少女の為に明日子の電話帳を書き換えて苗字家の大黒柱を騙って電話を掛けたおかげで事なきを得たが、当の本人達と来たら今を以って青白い顔をしている。

「人生終わったかと思った……」
「尾形の機転がなかったら危うく網走監獄行きだったな。感謝しろよ」
「そこまで重罪!?」

 帰宅後、半分溶けかかったアイスを食べながら杉元が肩を撫で下ろした。この時間で無くとも女子高生とおっさんが歩いていたら事案だと白石が笑う。大体、このチビ女が変に十代っぽいのがいけないのだ。明日子であれば保護者とガキにしか見えないからこんなことにはならなかっただろう。
 彼女はと言えば、杉元に謝りながらも重たい目蓋を擦っている。22時、完成された体内時計の充電がそろそろ切れる頃らしい。

「そろそろ帰るか?」
「え、でもまだ……」
「眠いんだろ」
「どうしてわかるんですか」

 そんなもの少し見たら分かる。
 こいつの異常な私生活は有名らしく、杉元達は時計を見て夜はこれからだと騒ぎ始めた。デリカシーのカケラも無いのは今に始まった事では無いが、そういった言動はせめて彼女の帰宅後にできないものだろうか。

「このガキ送るついでに俺も帰るわ」
「尾形ちゃん通報されない?」
「杉元と違ってまともな大人だから問題ねえよ。オイ、さっさと立て」

ちゃぶ台越しの命令はすんなり聞き入れられて、彼女が折れ曲がったスカートを直しながら立ち上がる。名残惜しそうな様相とは反面に視線が虚ろに泳いでいた。

「ほんとにすみませんでした……、もし迷惑じゃなかったらまた誘ってください」
「今度は朝から海行こうね」
「また学校でな!」
「ちゃんと補習来てね」
「白石駐車場代よこせ」
「持ち合わせねぇんだって!」

 心配に及ばず、コインパーキングまでの薄明るい道に警察は立っていない。遠慮がちに助手席に座り込んだ彼女は残念なことに今になって目が冴えてきたようで、今日あった出来事を日記帳に記すように話し始めた。

「尾形さん、ほんっとにありがとうございました!」
「アレでよかったのかよ」
「え? すごく楽しかったですよ」
「ならいいんだが」

 お前は恐らく気付いていないんだろうがその場に俺もいたんだよ。そう突っ掛かってやりたくなる程にお喋り女は本日の出来事を仔細に話す。
 語尾がか細くなったのは、その角を曲がった時だった。あと信号三つ程度で家の近くです、左指先が髪をくるくると触っている。

「おうち帰るのちょっと怖いです」
「さすがにそこまでは助けらんねえよ」
「警察のやつ、すみませんでした。……やっぱり子供と大人だったらダメなんですよね」
「お前なあ」

 このテンションの落差は一体何なのだ。面倒臭い。
 そもそもこいつと杉元の仲が上手くいくだなんて俺は少しも考えていない。と言うと語弊があるが、少なからず現状すぐに付き合うだとか、そんな状態にならないことは百も承知である。
 理解していたのは俺だけだったようで、結論を急ぐ若い女は不安そうに目を伏せていた。

「70歳のばあちゃんと80のジジイが歩いてたらどう思う?」
「え? 仲良いなーって思いますけど……あッ!」
「お前が杉元とどうなりてえのかは知らんが、そのうち何とかなるもんだろ。まあ少なくとも高校は卒業しねえと本当に逮捕者が出るけどな」
「でもなんか、トラウマです……。絶対嫌われました」
「不死身の杉元の持ちネタが増えただけだ。心配すんな」
「あ! ここで大丈夫です!」

 彼女はカラリとした顔で、信号の根元を指差した。運転免許証すら持たない子供は車が急に停まれないことを知らないらしい。
 当然と言うべきか、停車位置付近にそれらしい住宅は無かった。

「送ってくださってすみませんでした……。お酒飲みたかったですよね」
「すみません?」
「あ、ありがとうございました!」
「じゃあ明日な」
「え?」
「どうせ暇なんだろ」
「でも尾形さん、家に他人が来るの嫌って」
「お前は別だ。綺麗だからな」
「綺麗?」
「部屋汚さねえし」
「……お昼前ぐらいに行きます」

 深々と頭を下げて、彼女は走り出した。後ろ姿がある程度小さくなったあたりでエンジンを吹かす。今日はいつに無く疲れてしまった。
 家に帰ったら溜め込んでいた分を酒で流そうと決めていたのに、結局自宅で飲んだのはピッチャーに並々作った麦茶だけだった。

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