短編 | ナノ

 締め切った部屋の中でわたしたちはいつも二人でいる。カーテンは固く閉じて、インターホンの電池を抜いた。ケエタイなんて最後に充電したのはいつだろうか、まるでわたしは尾形くんを監禁する悪い魔女だ。
 日に日に二人してやつれていって、それでも身体を貪り合っている。たまにコンビニに出掛けて冷凍食品を買った。雨はしとしとと、どこまでも尾形くんの帰る手段を奪っていく。

「尾形くん、痛い」
「好きなくせによく言うな」
「あー、痕残っちゃうよ。仕返し」
「ナマエ、いてえ」
「仕返しだから当然でしょ」

 噛み付いたまんま、鳥とかを撃ち落とすみたいにテレビの電源を切った。恰好つけた挙動を尾形くんは笑っている。わたし達はこの部屋で、将来を語らうわけでも世間を憂うわけでもなく中身のない会話を繰り返していた。
 男女が揃えば暇になることはなくて、話が尽きたら身体を重ねて、疲れて眠って朝が来る。もしかしたら朝なんて無かったのかもしれない。時計の無い部屋には季節感はおろか時間の感覚なんてどこにもなかった。
 遮光カーテンには隙間が無いから睡魔が来たら眠る生活を送っているので毎日が二十四時間であることも分からなくなっている。二日寝て二日起きるおばあちゃんが大往生したらしい、キットわたし達はこの光合成もままならない生活で嫌という程長生きするんだろう。

「お腹空いた」
「俺はまだ」
「じゃあいいや」
「買い物行くか」
「合わせなくていいよ」
「このままだと全部終わっちまいそうなんだよ」

 どの道もう人としては終わってるんだからいいじゃないか。ソンナ事を言ったところで尾形くんの本心は真っ当な人間に戻りたがっている。他人の真似ばっかりして社会性を身に付けてきた子だから、彼が時折我に返りそうになるのを身体で繋ぎ留めた。色っぽくもない、痩せこけた自分の線でも尾形くんはすぐにその気になってくれる。優しいなア、と、髪を撫でてもらう都度に感じるのだ。
 それから何日も、脱走するみたいに、社会から逃げ出したわたしは気が付けば彼を引き摺り込んでいた。尾形くんだって叩けばいくらでも埃が出てくるので付き従うみたいに、引越して、役所にも報せないで、今どちらかが死んでも火葬代は出ない気がする。尾形くんが首筋に噛み付いた。痛いからわたしはまだ生きている。

「お腹すいた」
「もう手持ちねえんだけど」
「餓死はキツいって聞くよ」
「金塊でも探しに行くか」
「金? 競馬場?」
「もっと北の方」

 って言って尾形くんが、あの日から触っていない鞄を漁り始めた。ビジネスバッグの中は重要そうな書類とか、今日日珍しいフロッピーディスクとか、極秘っぽいファイルとかがぎっしり詰まっている。あの日持ち逃げしたんだと彼が得意になって笑った。
 一遍でも見るのが恐ろしくって布団をかぶる。尾形くんはそのまんま、タバコを吸いにベランダに出て行った。次に戻って来た時には上機嫌そうに口笛を吹いている。

「寿司食い行こうぜ」
「汚いお金で?」
「金に綺麗も汚いもねえよ。ほら、さっさとシャワー浴びて来い」
「朝浴びた。冷水だったけど」
「さっきヤッたから汗かいてんだろ」

 わたしが引きずり落として、引き留めていたはずなのに出処の分からない資金とソレに少しの疑念も持たない尾形くんが急に怖くなった。彼のほんの少しだけあった良心を轢き殺したのはわたしだ。
 久しぶりにブルーライトが暗い部屋に光っている。見たくなくってシャワーを被った。冷たい水が、少しずつあったかくなっていく。無遠慮に彼は浴室に入って来て数日ぶりに髭を整え始めた。この前冗談で、全部剃り落としたばっかりだからそこまで汚らしくはなっていない。
 仕返ししてやろうか、T字剃刀を片手に尾形くんが笑う。

「するなら尾形くんとお揃いの髪型がいい。涼しそうだし」
「刈り上げてる女じゃ勃たねえから駄目だ」
「ツルツルの女の子は?」
「めちゃくちゃ勃つ」
「最低」

 この人に刃物を持たせてはいけないのだ。いつかは彼に首筋の薄皮を切り付けられた。いつか必要になった時の実験って、その時の瞳孔があまりに黒くて大きかったので忘れられない。
 濡れたまんま出たら尾形くんもすぐに追い掛けた。背中の泡ごと身体を大雑把に拭って、下着だけ履いて部屋に戻って行く。だれかと電話をしている声がドア越しに聞こえた。二人だけだったはずの世界に彼はひとりでに他人を持ち込んで、何か途方も無い悪巧みを始めているようだ。こんなはずじゃなかったのに。

「尾形くん、やっぱりわたし社会人に戻ろうとおもう」
「は? 急にどうした」
「このままだったら全部終わっちゃいそうだから」
「俺のこと巻き込んでおきながらそれは無えだろ」

 確かに言われた通り、わたしが尾形くんを巻き込んで退廃的に、世界の終焉ごっこをしていたけれどそろそろ潮時だ。こういう世捨て人は、二人でやってしまったらいけない。どちらかが正気に戻る頃合いでどちらかがどっぷり沈んでいて、足を引っ張り合うみたいに底の方に、ズルズルと向かって行く他無いのだ。
 わたしがやったのと同じみたいに尾形くんが口付けた。どの道人間ナンテのは身体しか実在しないので、性的に繋がっているだけで最初から充分だったんだ。
 お腹が鳴っているのに尾形くんの動作が止まらない。こんなはずじゃなかったけれど、もうどうでも良くなり掛けている。不意に彼はまさぐる腕をわたしの肩に掛けて、真剣っぽい表情をして見せた。

「終わってみるのも悪かねえと思うぜ」
「こわいよ」
「二人で駄目になったんだ、俺がいたらどこでも天国だろ」

 わたしが終わらせたのはわたしじゃなくて尾形くんの人生だった。それでも息は出来るしお腹も減るので一緒に笑って、セックスの途中だったけれど服を着た。今日はおいしい物を食べて、明日は遠くに逃げてしまおう。仕返しと、根に持つ性分の尾形くんが笑った。


20191023

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