短編 | ナノ

わたしの慈悲を紹介させてください。


悲しい時には悲しんで、泣いたり悔やんだりしたって構わないンですよ。溜め込むのが一番心根によろしくなくッて、今生でわたし限りになってもいつまでだって傍におりますから。

口をついては大した相手でも無い人間の一番になってしまう。本当のところわたしは誰のこともどうでもよくって、誰のことも尊かった。尾形さんは俯きながら、ポツリポツリと昔あった尊属殺人事件を語り始める。最初はお母様、その次はお偉いお父様で、高尚な血筋の弟サン、戦争で殺した数多の露助は語るに及ばず、アイヌの子のアチャ(恐らく父を指す言葉であろう)に当って、多分最期に出てくるのは自分自身だ。どうの仕様も無いお話をわたしは、ただ観劇にでも来たみたいに身を乗り出していた。波乱万丈な人生のどこかにきっとフィクションが織り込まれている。
彼は時折言葉を詰まらせた。あの時の自分は、と過去を反芻されたところでその昔にわたしはソコにいないのだからどうだっていい。サッサと結論を喋舌って欲しかった。彼はわたしに何を求めているンだろう。興味の無い話は小一時間、抑揚の少ない喉仏から紡がれていく。グロテスクな人の死に様を語るよりも、口許の痛々しい手術痕が気になった。一しきり話させ終えたらコレを聞こう。尾形さんは殊の外話好きだ。

「尾形さん、愛されたかったんですね」
「そう聞こえたか」
「それ以外にどう聞こえるのかよくわかりません」
「だったらそうなのかもな」

暗いくらい瞳の奥で、彼は望郷だとか、在る筈も無い仕合わせだとかを思案しているのだろう。彼はよく、自分で自分の頭を撫ぜている。後ろに流した髪の毛が気になっているモンだとばかり思っていたけれど、この話を聞いた以上、アー、こうされたかったんだなア、と考えてしまう。アシリパちゃんの頭は佐一さんが撫でて、佐一さんのはアシリパちゃん、白石はヘビとかキツネの罠だとか、世間には尾形さんに触れようとする人間が一人もいない。

「祝福ならわたしがするのに」

何ンとなく、憐れんで出てきた言葉に尾形さんは目を丸くされました。
不思議と言う他無いぐらい、夜の森は葉音の一つ聞こえず静まり返っていた。まるで世界に最初っから、わたしと尾形さん以外はいなかったんじゃ無いかと錯覚するような月明かりの下で尾形さんは不器用に口許を緩めて、よかった、とか呟く。何らいい事ナンテ起こっていないけれどココで不和を起こしたところで得も無いし、わたしも併せて笑った。

「わたしだったら、今日みたいに今生にわたしと尾形さん限りになってもいつまでも傍にいますよ。悲しい時には悲しんで、嬉しい時は今みたいに笑って構わないんです。尾形さんって案外普通のヒトなんですから」
「そう見えるか」
「目が二つあって鼻と口が一つで、傷口が左右対称だったら大概の人間は普通のヒトです」

目蓋を閉じた尾形さんの東上から、月明かりがパアッと射し込んだ。残念なことに他人に興味の無いわたしはその瞬間限りで死んでしまって、どうしたことか本当に彼が仕合わせであればいいと考えている。世の中で最期のひとりになったとしても、多分わたしはこうやって、尾形さんの髪を撫ぜているんだろう。


20190802

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