短編 | ナノ

テルミさんとは長い付き合いになるが、わたしは彼の性質を一つも理解できないでいる。
世の中に愛なんて甘いものは無く、あるのは傍迷惑な恋慕だけである。とは彼の言葉で、そのくせテルミさんは事あるごとにわたしを呼び付けては頭を撫でたり、胸を揉んだりしている。

「テルミ! 場所を弁えなさい。店の中でイチャつくなんて品が無いにも程があるわよ」
「んだよ、テメェだってさっきソコの猫と盛ってただろ?」
「盛って……!?」
「テルミさんの言い分も間違えじゃありませんよぉ」

ただちょっとテルミさんは度を越えてますね、とトリニティは笑う。それを見てわたしは寒気を感じるのだ。彼女から向けられる視線はどこか冷たいというか、苦しいものがある。
いやいやわたしをいじる手をカップに戻し、紅茶をグイと飲んだテルミさんは顔をしかめた。この顔なら知っている、思いの外の熱さを耐えている時の顔で少しだけかわいいのだ。

「なあ、帰ってもいいだろ? ナマエちゃんも食い終わったみてぇだし」
「そんなー! 私もっとナマエと話したいよ!」
「俺の方がナマエちゃんと話してぇの。空気読めよバーカ」
「テルミさん、可愛いね」
「あ?」

セリカ達と五人でお茶をするのは最早日課のようになっていた。四人は日夜何かの作戦会議なんてものに勤しんでいて、どうしてわたしがここにいるのか疑問に思わないこともない。ただソンナ事まで気にし始めるといよいよテルミさんの存在そのものまで疑わなければならなくなるので、問題になりそうなことは後回しにしている。

「それじゃあ皆さん、また今度」
「バイバーイ! ナマエ、またね!」

彼は誰なんだろうか。
夜だった。帰路を急ぐわたしを呼び止めたのはフードを被った怪しい男で、通り魔につかまったと絶望したのだ。そこからの記憶が朧気である。気が付いたらテルミさんはわたしの生活の一部になっていた。

「今頃ナイン達、絶対笑ってるよ。あの二人は仲良しねーって」
「問題でもあんのか?」
「別に無いけど」
「いいだろ。向こう百年暇なんだしよ」
「何の話?」
「こっちの話」

テルミさんといる時間は心地良くて気が付いたらいつも陽が暮れている。その間何をしたかなんて記憶に残っていないけれど、思い返せば幸せだなあとか、多分わたし達は口をついては何かを喋舌って、それからキスをしたり抱き締め合ったりゆったりと幸せを共有しているのだ。

「この時間がね、ずっと続いたらって思うの」
「急に何だよ」
「また明日って言って、明日が来て明後日が来て、大人になってもおじいちゃんおばあちゃんになってもずーっと二人でいるような」
「ふーん」

たまに見せる淋しそうな顔にどうして気付かないフリを決め込んでしまったんだろうか。空気みたいな人だった。そこにいて当然で、いつまでもそこにあって、それは呼吸が止まる瞬間まで続くのだ。当然翌日もテルミさんと会った。どこに行ってもテルミさんはそこにいた。その場所は決まっているわけではないんだけれど、なんとなく、ここに行ったらというところでばったり出喰わす。

「いい加減にしなさい!」
「あ? 何が」
「毎日毎日イチャイチャしてるとこを見せ付けられる方の気にもなれって言ってんのよ」
「知るかばーか。ナマエちゃん、砂糖とって」
「ブラックじゃないの?」
「ナマエちゃんが入れてるから同じのが飲みてぇの」
「2杯だよ」
「うっわ、甘!」
「まったく、あんた達って……」
「まあまあ、いいじゃないですかぁ」

髪が乱れてる、とか言ってテルミさんは不意にわたしの耳を触った。予備動作が無いものだから変な声が漏れて、訪れた気まずさにトリニティは目を逸らしナインは咳払いをしている。苦笑いをしながらセリカが今日は解散にしようか、とか笑った。

ソンナにオカシかっただろうか。
わたしの感覚は麻痺しているみたいで、テルミさんの公衆で行われる戯れに全く疑問を持たなくなっていた。確か昨日は街中を腕を組んで闊歩した。そしてその前は交差点でキスをした。周りの人はわたし達のことナンテ認識していないみたいに動いている。ナインとそれから何人かの友達だけがわたしを諌める。

「明日から遠征だと」
「怪物退治? 行っちゃうんだ」
「ナマエも」
「行けないよ」
「あのさあ、そんなんで俺のこと好きなわけ?」
「普通ソレって逆じゃない?」

大体、こういう言葉は女が持ち掛けて男にうんざりされるのが相場である。なのにテルミさんはわたしにばっかり男の役回りを求めて、どう反応したって不満そうな顔をするのだ。
結局ナインの命令なんだからどうにもならないのは知っている。ただ、知っているから仕方なく引き止めないのではなくって単純にどうでも良いのだ。

「ナマエちゃんって本当に俺の事好き?」
「え? あー、えーっと……、どちら様ですか?」
「クソが、もう切れてきたのかよ」

目の前のフードの人が悪態をついて、怖いなアと思ってからの記憶が曖昧だ。身体を揺さぶられて焦点を合わせたらテルミくんがいた。いつ見ても素敵な顔が近付いて、いつもみたいにキスされる。

「テルミくん、行かないで?」
「すぐ帰って来てやるから、大人しくして待ってろ」
「大好きだよ」
「ああ、俺も……」

テルミくんが物憂げな顔をしている。わたしの中にはこんなにも愛が溢れているのに、彼はいつも可哀想な人だ。
ぎゅー、と抱き締めたらテルミくんが頭を撫でてくれた。不思議なことにソレだけで幸せな気分になって、今までのように腕の中で目を閉じる。何か大切なことが書き換えられている気がしたけれど、それを考えるとわたしの感情ごと否定してしまうような気がする。問題になりそうなことは後回しにするに限るのだ。


★星条旗よ永遠なれ


世の中に愛なんて甘いものは無く、あるのは傍迷惑な恋慕だけである。自分を縛り付けているものと、同じ類の呪いをかけた。ずっと、焦がれてやまなかった女は最早俺の言いなりで感情ごと支配出来ている。
こんな事をしたところで虚しいだけなのに、腕の中で眠る彼女を見ていると留めることも出来なかった。呪いだ。多分、永遠に解けることもないんだろう。



( テルミもナマエにナインと同じ魔法をかけていた話 )
20190925

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