短編 | ナノ

平熱が低いぐらいしか他人と差別化ができないこの人が、珍しく三十九度にうなされている。
「たすけ」なんて意味深なメッセージが着たから冷やかしに寮に寄ってみると、カズマくんは珍しく床に臥せっていた。念の為買って行ったスポーツドリンクを浴びるように飲んだ彼は、金色の目でわたしを睨みつけている。熱で溶けた眼光は本人が思っている以上に弱々しくって笑ってしまう。それが彼を不快にさせたみたいで、聞いたことの無いような鋭利な声で名前を呟かれた。

「どうしたの?」
「バカにすんじゃねぇよ」
「あれ、カズマくんそんなキャラだっけ」
「テルミ」
「はい?」
「俺の名前」
「うん」
「ユウキ=テルミ」
「あ、記憶戻ったんだ」

カズマくんは記憶喪失らしかった。
進級して急に現れたかと思ったら、魔法のことは基礎だけ覚えた状態で自分の名前も、家柄も、派閥も忘れてしまったという彼はすぐに教室に融解した。溶け込んだのでは無く文字通り同化したというか、目立たない彼は目立たないなりにいないものみたいにして、毎日出席で呼ばれるのに返事する以外声も聞いたことがない。ソンナ現代の没個性筆頭に興味を持ったわたしは暇人であり、悪人でもある。

「なにそれ本名? 女の子だったの?」
「どう見ても男だろうが。脳味噌腐ってんじゃねーの?」
「だって、ユウキはまだしもテルミってまんま女の子の名付けじゃん」
「お前もしかして日本人?」
「あ」

そして悪人はいつの世も報いを受ける。
日本の学者先生がやらかしてからわたし達の肩身は狭いものだった。なんにも悪く無いのにコソコソしているのは腹立たしかったけど同時にそっちの方がどう考えたって利益があるから下らないプライドだとかは投げ棄てている。いるもののやっぱり生きた心地がしなかった。
カズマ改めテルミちゃん(わたしのせめてもの抵抗心で彼のことはちゃん付けしてやることにした)は、無い体力を振り絞って笑っている。コレがバレてしまった日には、わたしは存在感ゼロより酷い目に遭うに違いない。

「どうやったら黙っててくれる?」
「黙ってて下さいますか、だろ? 日本人のナマエちゃん」
「いや別に日本人ってわけじゃ」
「今からナインに連絡してもいいんだぜ?」
「ソンナ暇あるなら先に風邪治してよ」

テルミちゃんは赤ら顔の癖に一丁前にわたしを煽っている。昔から気が短い性分のせいで彼の一言一句が気に障る。そしてわたしは悪人なので、他人を徹底的に追い詰めないと気が済まなかった。
弱っているのに口先だけは一丁前で、テルミちゃんはやれお粥を作れとかネギを買って来いとか、今やおばあちゃんですら言わないような古典的な方法を列挙していく。熱がある時なんて回復の魔法を掛けたらいいのだ。わたしはあんまり得意じゃないけれど、それこそナインの妹さんを呼べば一度で済んでしまう。

「お前今セリカの事呼ぼうとしただろ。マジでやめろ、悪化する」
「するわけないじゃん。あの子天才なんだし」
「相性ってもんがあんだよ。俺とアレは史上最悪な」
「じゃあわたしとテルミちゃんは?」
「最高?」
「うわー、熱出たら頭オカシクなっちゃうんだね」

金の虹彩と、高熱で赤らんだ白目とが物憂げに伏せられる。カズマくんはこんな、分かりやすく艶っぽい表情をしなかった。気持ち悪い。多分この子は現実と夢との隙間が上手く埋められなくなっているのだ。
想像上の彼は多分とても勇敢で、横柄で勇ましいンだろう。長い前髪をかき上げるものだから今まで気が付いていなかった目許の鋭さにドキリとした。あの空気カズマもこんな悪人っぽい顔が出来るんだ。

「もう帰っていい?」
「いいわけねえだろ。俺様こんなにキツイのに」
「お腹でも出して寝てたんでしょ。わたしに関係ないんだけど」
「じゃあなんできたんだよ」
「テルミちゃん、どんなに凄んでも今は可愛いだけって自覚したら?」

睨み付ける視線はどう足掻いても熱で蕩けていて、潤んだ眼差しがまるで祭囃子のカラーひよこのようで面白くて仕方がない(お祭りもカラーひよこもひいおばあちゃんからの伝聞で何のことかはよくわからないのだが)。
テルミちゃんはグロッケンを叩いたような情け無い高音で、ヒッ、とか声を上げたかと思うと途端に咳き込み始めた、いよいよナインの妹を呼ばなければならない。

「痩せ我慢しないで、大人しく待っててよ」
「マジで、無理……。ナマエちゃんがいてくれた方がすぐ治るから……」
「すぐってどれぐらい?」
「二晩……?」
「え、死んでも嫌」

立ち上がったわたしは何かに脚を奪われた。ガツン、テルミちゃんの部屋の、カーペットすら敷いていない簡素な床に肘から倒れ込む。最悪だ、明日から夏服だっていうのにコレでは青アザでからかわれてしまう。

「何すんの! ……って、なにこれ」
「事象兵器」
「は? 変なこと言ってないでさっさと解いてよ!」
「なあ、ナマエちゃん」

行かないでくれよ、とか艶っぽく囁くのは良いがわたしは宙に吊り下げられている。彼の発現させた見たこともない悪趣味な鎖はいとも簡単に身体の自由どころか、重力も奪っている。こんな体力があるのならば尚のことわたしを帰して欲しい。
まんまとベッドに据えられて、間近で見る彼は本当に辛そうにしていた。まるで身体を病むことが始めてみたいに、眉間に皺を寄せては迫り来る咳の連打を恐れている。古来より日本人はか細い生物に弱いらしい。その姿を見ていると仕様も無く憐れで、貴くて、遺伝子に刷り込まれたみたいに頭を撫でてしまった。

「苦い薬飲める?」
「あいつに会うよりはそっちがいい」
「貰ってくるから、コレ外せる?」
「オブラートもいる」
「オブ……? 何それ……」
「わかんねえなら口移しがいい」
「ソレしたら黙っててくれるの」
「……、……黙る」

元カズマくんが搾り出すように囁いた。身体は溶岩みたいに熱くって!ソレが伝染したみたいにわたしの顔もあつくなる。もし彼が治ったならば一生今日の出来事でからかってやるのだ。

部屋を出るわたしをテルミちゃんは心許無く眺めていた。そのまんま目を閉じて、姿があまりに雅やかなものだから少しだけ美しくって溜息を吐いた。


20190916

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