短編 | ナノ

「いつまで寝てんだよ」
「死ぬまで」
「じゃあ死ね」

テルミさんはベッドに飛び乗ってわたしの首を絞める。タッパがある分重いンだと言うのに遠慮も思慮も無く、わたしが噎せているのは絞殺刑によるものではなくって脇腹に入ったこの人の膝のせいだ。

「い、だ……」
「さっさと起きろや」
「飛び乗るの禁止で」
「じゃあ優しく抱き寄せたら満足なわけ? うっわ気持ち悪、俺様がナマエちゃんのこと抱き寄せるとか」
「確かに気色悪いですね」

わたしは身体が動かなくなってしまった。
原因は簡単なもので、ソレを知っているんだろうにテルミさんと来たらまるで心配しない。背中の感覚が無くなるぐらい横たわっていたせいで、本当に、起き上がれない。

「労災?」
「職場の上司からフラれて鬱になったってのも適用されますかね」
「ばっかじゃねぇの? あー馬鹿馬鹿。ンなわけ無ェだろ」
「たしかにー」
「そんなに死にたいなら殺してやろうか」
「頼んだ」
「やっぱ無理。ナマエごときのせいで死刑になりたくねーし」
「じゃあ誰のせいならいいんですか」
「ハザマ?」

だったら間接的にそうですね。わたしはハザマさんからフラれた。それはそれはこっぴどかった。アンナに優しかったのに全部社交辞令だったんですって。一緒に映画を観に行ったのも、食事をしたのも、夜を明かしたのも、全部嘘だと。いいや事実なんだけれどその裏に期待していた感情その他はただのわたしの妄想だった。

「わたしって人類史上いちばん可哀想」
「ユダヤ人より?」
「何ですかそれ」
「ナチスのお陰でここまで医療が進歩したってのに」
「じゃアそいつらのせいでわたしは死に切れなかったんですね」

首を吊ったのはつい先日の話でした。残念なことにタイミング悪く現れた英雄殿のせいでレスキューを呼ばれて死に損なった訳ですが、わたしの脳細胞はその日以来幾分か死んでしまったようで深いことを考えられなくなっている。たまにテルミさんの事も何なのか判らない。

「茶碗蒸し食うか?」
「何ですかそれ、いりません」
「なア、そろそろ吹っ切れちまえって」
「ハザマさん以上の人が現れないと無理かなー」
「目の前にいるだろ」

誰もいません。
本当のところ、テルミさんの姿ナンテわたしには見えないのだ。ハザマさんの外観を被って彼は髪を逆立てる。本当の姿は棒人間みたいにしているんですって、気色悪い。
ハザマさんの皮を被った悪魔が柄に合わずキッチンに立っている。わたしの話なんか少しも聞いていないようで、卵をソッと混ぜた後出汁を混ぜ込んだ。茶碗蒸しなる料理はそう作るンだろう。

「ねエ、テルミさんっていつもわたしのこと見えてるの?」
「風呂も便所も見えてんな」
「うわ、気色悪」
「この前同期とヤッてただろ」
「え、もしかしてハザマさんも知ってます?」
「そりゃな」
「人生の終焉や……」

何度首を括ってもこの人はギリギリのラインで救ってしまうのだ。わたしもソレを知っているから簡単に自害未遂が出来た。これは最早精神の安定を保つ為の儀式だ、日常の一つだ。
都度脳細胞は死んでいって、先日わたしは中尉から少尉に格下げになった。それでもハザマさんは相変わらず優しくって、いつもわたしの事を気に掛けてくれる。だったら責任を取ってくれ、残念な事にわたしはしがない失恋者である。わたしは世界でいちばん不幸で、可哀想で、だからこそ尊重されるべきなのだ。

「テルミさんがハザマさんだったら良かったのに」
「残念だがハザマちゃんが俺なんだよ」
「逆転してくださいよ、それだったらわたし幸せなんです」
「ナマエちゃんが幸福になっちまったら俺が消えるから無理」
「テルミさんって馬鹿です。そんなンだから素直に笑えないの分かってるくせに」
「うっせーわ」

テルミさんが、ハザマさんの身体でわたしを抱き寄せる。ソレから犬にするみたいに頭を撫でたくって、心の整理がグチャグチャに崩れていった。
わたしは身体が動かなくなってしまった。テルミさんに出来得る最大限の愛情表現は皮肉にしか思えなくって、溜息を吐いて見せると彼は愛しのハザマさんの身体を用いて涙を流した。ツー、零れ落ちる前に死んでしまいたい。


20190914

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