短編 | ナノ

溺れた残響



尾形は好い加減な人間なので、わたしの首根っこを掴むとそのまま店外に引きずっていった。呂律が回らないのも、一張羅を着ていることも、チョット泣いていることもこの男には関係無いらしい。黙って水を差し出して、嘔吐する様を間近で眺めながら背中をさすっている。普段は素っ気無いクセに、こういう時ばっかりここぞと丁寧に扱うのだ。肩を貸すばかりかわたしを背負い込んで、彼はいつも玄関先まで黙りこくっている。木偶人形みたいな尾形にひたすら今日あった嫌な事を話して、帰る頃には眠っている。わたしはしょうもない人間だ。

「着いたぞ。立てるか?」
「立てないし歩けないし生きていけない」
「だろうな」
「うわっ」

尾形がお姫様抱っこをして、うちの合鍵を使いベッドに寝かし付けるのもいつもの事である。毎週金曜日と土曜日、この独身男性は用事も作らずわたしを睡眠に誘ってくれるのだ。わたしはソレに罪悪感も、感謝も覚えずにただ享受している。尾形もわたしの横暴を無言で受け入れるのだ。
部屋はじんわりと湿気ていて、生温いのだが彼はすかさずエアコンを入れる。洗面台からコンタクトレンズケースを持ち出して外せと短く呟いた。化粧を落とすまでも無く、わたしの顔面はサッパリしている。汗に濡れて眉も無くなって、差し出された麦茶を口に付けても当然口紅は移らなかった。結局占い師が言う通りの未来になった。

「今日は何の愚痴だよ」
「職場と、佐一くん」
「いつものやつか」
「なんでわたしじゃだめなんだろうね」
「知らねえよ」

ベッド脇に腰掛けた尾形は顔も見ないで呟いた。急な眠気に意識が遠退いていく。尾形は多分、わたしが眠って歯軋りを始めた辺りで出て行くんだろう。ズル、と湿っぽい息がエアコンの音と同調する。

「もしかして泣いてる?」
「どうして俺じゃ駄目なんだろうな」
「尾形は友達だから」

押し殺せていない泣き声が子守唄になって、わたしは意識を手放すのだ。


20190809

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