短編 | ナノ

あんまり静かに眠るものだからその内呼吸も止まってそれにも気付かないで、わたしはあなたの死に目に頭を撫でてしまいそうです。



煉獄の狂宴


「行かないでくれ!」
「え」

瀬人くんはそれきり、何事も無かったみたいにまた寝息を立て始めた。最近ズットこうだ。彼はおそらくストレスで気が違えてきている。
毎晩4時のことである。あまりに大声で、この世の絶望の果てみたいに叫ぶものだから最初の頃こそ心配したけれど、しばらくしたら疎ましくなって、気が付けば今宵は何を口走るものかと楽しみに先立って起きるようになった。おかげでこのところ寝不足だ。昨日はすまなかったと謝られた。
起きた彼に話した所で何を寝惚けていると鼻で笑われるので、この奇行は日記にしたためるに留まっている。いつか精神病が治った彼に見せるには証拠が弱いので明日からは録画をする予定だ。

「瀬人くんおはよう」
「いつも早いな」
「最近寝不足で」
「すぐ病院に行け」

病院に行くべきは間違えなく瀬人の方だ。けれど彼ほどの人が心療内科にかかっているナンテ知れたら株価は大暴落だろうし、聡明なわたしはただにこやかに頷いてやる。ただ事実、寝不足であることに変わりはなかった。夜。

「ナマエ!」

今日は名前を呼ばれた。この底意地の悪い趣味もそろそろ辞めにしたいと思っているのに習慣付いた睡眠サイクルは中々元に戻らず、奴の出張中もわたしはひとり4時に目を覚ましている。そこからは大概一睡も出来なくて、仕事中に襲ってくる眠気との格闘に必死で今月も昇給を逃してしまった。

「ミョウジさん、最近おかしいけど大丈夫?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「クマも酷いしちゃんと眠れてるの?」
「あ、いえ、大丈夫です」

部長の気遣いが突き刺さる。最初の絶叫からもう半年以上が経っているので、雑に計算すると4、5ヶ月は質の良い睡眠にありつけていないことになる。

「海馬くん、わたし病院行きたい」
「今まで行っていなかったのか!」
「瀬人のことバラしてもいい?」
「何の話だ」

睡眠外来を訪ねたらキット不眠の原因を聞かれるに違いない。わたしは馬鹿正直なので、日記と録画を見せながらこういう理由で観察する為に起きていたら眠れなくなりましたと答えてしまう。黙っておくのが世界で一番苦手なのである。
ソンナわたしでも海馬くんとお付き合いしていることだけは彼の為にきちんと隠し通していた。つまり病院に行く事は彼への不義理に直結するのである(どうしてあの海馬社長と毎晩一緒にいるのですか? あなたまさか、と医者は必ず言ってくる)。

「海馬のこと裏切れないからやっぱやめとく」
「馬鹿者が。どうしてそうなる」
「もうちょっと様子見てみる」

わたしは多分、自分には不釣り合いが過ぎる彼の事が憎かったのだ。トロフィーワイフには程遠く、どうして一緒にいるのか検討も付かない。ソンナ彼を少しでも自分の側に、俗っぽく欠点だらけで気が違えた、ダメな人間に仕立て上げたかったのだ。その日わたしは案の定4時に起きた。けれど海馬社長は当然至極のように何も叫ばなかった。

「日記消した?」
「何の話だ」
「あと録画」
「身に覚えが無い」
「瀬人さん毎日なんか叫んでるの」
「何度も話したが勘違いだ」
「ちゃんと記録してたのに」
「頼む……ナマエ」

病院に行こう、と海馬さんがわたしの腕を引く。日記は真っ白で録画していたのはただの宵闇だった。わたしが引き摺り込みたかった海馬瀬人はやはりまともで、少しの欠点も無かったのだ。

「海馬はなんでわたしと一緒にいてくれるの」
「貴様の事を壊してしまったのが俺自身だからな」
「責任?」
「勿論それだけでは無い」
「そもそも瀬人くんもいなかったりして。アハハハ」
「ナマエ!」

いつか聞いたみたいに名前を叫ばれた。海馬くんが久し振りに怖い顔をしている。キット悪い事をしたんだ、わたしが。腕を振り払って部屋を出ようと走るけれどドアロックに手こずってしまう。振り向いた先の瀬人は哀しそうな顔をしていた。

「行かないでくれ」
「それ前も聞いた」
「前も言ったからな」
「早くしないと学校に遅れちゃうよ」
「ナマエ、ゆっくり話さないか」
「部長に迷惑掛けられないし仕事に戻らなきゃ」
「ナマエ」

海馬様は柄にもなく、慈しむみたいにわたしを抱き締めた。なんだか少しずつ思い出してきた、何かがある都度海馬くんは仕事を抜け出して、わたしの所に来て、大丈夫だと頭を撫でるのだ。わたしがあまりに支離滅裂だから瀬人さんに心配をズット掛けてきていたのだ。

「俺のことがわかるか」
「わたしのお父さんを自殺させた人」
「ああ、そうだ。それでいい。……ナマエ」
「瀬人くんどうしたの?」
「俺の一生で釣り合うか?」
「瀬人がわたしの家族になってくれるなら」
「一生許さなくても構わん。頼むからどこにも行かないでくれ」


( 青眼欲しさに自殺まで追い込んだ人の娘の話 )


20190326

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