短編 | ナノ

子供の頃にした約束を律儀に守り続けている。
あの時の自分は青くて我が事ながら素直だった。しかし昔の自分に操を立てているつもりは無く、ただ愚直に相手を信じていただけだった。


魔妖廻天


「瀬人くん、わたし今度結婚するんだ」
「そうか。おめでとう」

ナマエは昔から突飛な人間だった。その日は晴れている割に少しばかり肌寒く、性格に合わないナイロンのストールを羽織ってコイツは現れた。

「結婚式は来年の今日あたりなんだけど暇?」
「暇などある訳がなかろうが」
「だよね。時間作って」
「場所と正確な日時は」
「覚えてないから帰ってからメールする」

海馬の家に引き取られて以来、再会したのはほんの半年前だ。どう生きているのかナマエは仕事をしておらず、週に2、3度会社を訪れては山も谷も無い世間話をして(たまに過去を振り返って)日が陰る頃に帰って行く。互いに連絡先を教え合っているが特段約束を取り付けるでも無く、学生のように無意義なやり取りをするでも無く、社長室以外で会う事も無ければ無職である事を除いて私生活も知らない。
その関係性が何処と無くビジネスを思い出させて心地良かったのだ。何も語らなくとも互いが互いの領域を把握している状況が妙な安心感を産出していたのだ。ただそれは自分の思い過ごしだったというだけの話で、自分自身が最も悪かった。

「明後日顔合わせでさー、家同士って面倒だね。わたし家無いけど」
「橋の下に段ボールでも構えているのか」
「まっさかー。助成金?」
「貴様如きに俺の納めた税金が注がれているのは不快極まりないな」
「弱者だからね」
「弱者だな」
「友達いないからモクバくんと部下とか連れて来て欲しいな」
「氏名と住所をリストアップしておく」
「切手代もったいねー」
「必要投資だ」
「結婚式って想像以上にお金掛かる」
「所詮自己満足だ。やると決めたからには相応の覚悟を持て」
「瀬人くんってたまに正論言うよね」
「たまにではなく俺は常に正しい」

正しい訳があるか。どこで誤ったのだろうか。

「わたしも瀬人くんみたいに過剰な自信を持って生きていきたい」
「常に我が事しか考えない貴様なら自身の一つでもあるだろう」
「知ってる? 世の中に人間は自分一人だけなんだよ」
「哲学的ゾンビか」
「わたしって教養あるでしょ?」
「哲学など下らん。ただの捻くれ者だ」
「瀬人くんはいっつも間違ってるくせに」

せせら嗤うコイツの顔は丸切り知らない人間だった。突飛で頭脳が足りていなくて、しかしナマエは所謂気遣いの出来る優しい女だった。聖母と言って差し支えのない、ただ少し俗っぽいだけの、他人の気持ちを汲み取ることの出来ない、ナマエは完璧だった(少なからず俺にとっては)。その女神の如きナマエを娶ると言うのだから夫もさぞ出来た人間なのだと思ったら、何の事も無い学士卒のサラリーマンだと言う。

「そんなんでも良いんだよ、わたし普通の家が欲しかったの」
「世に言う普通から懸け離れた貴様の台詞とは思えんな」
「普通じゃないって言ったら瀬人くんの方が当てはまるよ」
「常人には一大企業の社長など務まらん」
「あーあ、瀬人くんって本当思い切りがない」
「ああ、だから社長なんだろうな」
「あと思いやりもない」
「貴様が言うか」

顔合わせを済ませたらその足で役所に行く手筈だと、とても明日嫁入りを控える婦人には相応しくないナマエはつまらなさそうに呟いた。俺は恐らく、生まれて初めて後悔をしている。

「子供の頃の約束覚えてる?」
「それがどうした」
「瀬人くんなら破らないでいてくれるって信じてたよ」
「貴様は簡単に反故にしたな」
「守ってるからここに来てるんじゃん」
「ああ、あれか。馬鹿馬鹿しい」
「瀬人くんわたし以外に友達いないでしょ」
「貴様もな」
「じゃあね、そろそろ旦那サマのお帰りです」
「送ってやるが」
「珍しいなあ! 無理」
「足元には気を付けろよ」
「初めての気遣いがソレって癪だね」

××歳になってもお互い一人だったら結婚しようと約束したのが最後だった。その前には確か、一生友達でいようなどと話した気がする。そもそも矛盾していたのだ。友人とは恋仲になどならない。
ナマエは明日、俺より早く××歳になる。一つも裏切られていないと言うのにただひたすら妬ましくて、いっそ明日など来ないまま帰路で彼女が死んでしまえばいいと思う。しかし友人が死ぬのは癪なので、せめてもう一つの約束だけは守ってやらん事も無い。


20190325

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