短編 | ナノ

「テルミくん?」
「あ、あー……おはようございます」
「え? あ、おはよう」

そうか、コイツは思った事がすぐ顔に出るタイプの馬鹿だ。恐らくはそのせいで女同士のクソ面倒臭ェ友人関係に煮詰まって、それすら気が付かない能天気なタイプに違いない。休日でも朝は割と早く起きて、三食きっかり摂る模範的な人間なのだろう。
いつもの喫茶店に客は俺とこの女だけだった。用事があるらしいよとはコイツの言葉で、所在無いから腰掛ける。普段なら我ながら躊躇無くテーブルに脚を乗せるんだが、今日に限っては背筋を伸ばしてしまった。これではまるで、いや、そんな事あるか。

「俺も同じやつ」
「オレンジジュースとか飲んだっけ」
「冷たけりゃ何でもいいんだよ」
「すみませーん」

しかしまあ、なんと呑気なんだ。片や世界を救わんとか無駄な労力を割き続ける奴に、はたまた呑気に緑のストローでガキっぽい飲み物を味わう女、俺はコイツのことを知らなかった。
店員が極力音を立てないようにコースターにグラスを置いた。カラリと氷が鳴って、その音にビビるように早足で引っ込んで行く。

「一人って珍しいね」
「あ? あ、あー、ンな事無ェけど」
「ナインは勉強?」
「知るか……あ、知らない」
「なんか今日テルミくんオカシイね」

ナマエちゃんがケタケタ笑う。恥ずかしいなんて思うのは何千回振りだろうか。
フードを目深く被り直したら、ナマエちゃんは興味無さそうに緑で氷を掬った。


( KAISOH!!! )


「なあ、あの女誰?」
「ナマエよ。アンタは初めてだったっけ?」
「女の顔なんざそう覚えてねぇっての」

壁にもたれ掛かるように座る女は気難しそうな顔でノートにペンを走らせていた。時折深呼吸をして、たまに目を見開いて慌てて何かを書き留めている。
見ていて飽きなかったのか何となく目に留まったのか、単に目障りだったのかは分からないが、ナイン達の作戦会議なんかよりも意識して気が付くと口に出していた。

「ナマエ! よかったら一緒にお茶しない?」
「……あ、ナイン。ひと段落ついたらね」

かの大魔導士ナイン様の誘いに目配せひとつせず、女は所在無さそうに呟いた。ナインはというと苦笑した後溜め息を吐いて、その他大勢はまるで何も無かったかのように話を続けている。

「いいのかよ」
「あの子あんまり周りの事とか気にしないから」
「ふーん」
「終わったよー、……彼氏?」

眼鏡と妹が目を丸くする。あー、多分いつも突飛な事を言っては場の空気を悪くするタイプの、デリカシーの無い人間なんだろう。ナインだけが勢い良く立ち上がって声を荒げて否定した。俺としても全否定したい。

「ワケ有りで手伝わせてるだけよ! ほら、挨拶」
「へいへい。大魔導士ナイン女王陛下の奴隷をやってるユウキ=テルミで御座います」
「フード暑くないの?」
「顔見られるのが嫌らしいわよ? 案外照れ屋で」
「ふーん。かっこよさそうなのにもったいない」
「褒めたら図に乗るからやめなさい」

そんな性分では無いのだが、口出しすることすら面倒臭い。ナマエちゃんの第一印象はそんな感じで、とにかく変な奴だった。何より俺はこれまで繰り返してナマエちゃんに出会ったことが無い。もしかしたらあるのかもしれないが、特筆するまでも無い通行人であって覚えていないだけかもしれない。


( 回想終了 )


「わたしもう帰りますけど、テルミくんは?」
「奢るから暫く話し相手になってくれよ」
「じゃあ苺のタルトがいい」
「すみませーん」

次に店員を呼んだのは俺だ。どうして俺様が一個人の為に金銭を支払おうとしているのか。
人生(自分をヒトと定義して相違無いのかは置いておく)が長いと自分の心情や挙動総てに裏付けが取れてしまう。しかしてそれを認められない傲慢さも肥大しており、最早見飽きた手相を眺めながら必死に意識を逸らしている。

「テルミくんは食べないの?」
「あんまり腹減ってねーし」
「痩せてるけどご飯とか食べてます?」
「必要無い」
「身体壊すよ」
「心配してくれてんの?」
「そこそこ」

とか言いながら視線は注文の品に釘付けである。ダリアのように苺が規則正しく並べられた1ピースは結構無惨にフォークに切り落とされている。生地のクズを背に貼り付けて食べるものだから、皿はいつまでも届いた時のまま白かった。ガサツなナインならボロボロにしているタルトをナマエちゃんは綺麗に口に運んで、最後の一口で止まった。

「食べます?」
「いらねえ」
「ほら、あーん」
「……いらねえ」
「照れてる?」
「んな訳あるか!」
「ふーん。あ、テルミくん手が大きいね」

結局全部ナマエちゃんが食べ尽くしてしまった。貰えば良かったとは思っていても絶対に口にしない。


( なんとこれも回想である )


「ナマエちゃんって可愛くね?」
「……は?」

猫が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
何が悲しくて俺はこんな奴に相談をしているのか。
この期に及んで学業優先なんだか知らねえが、アイツらは今日も今日とて不在にしている。いたところで死んでもこんな話はしねぇけど、それにしたって獣人と二人で卓を囲むのは馬鹿らしい(どうせ獣人なら狼のオッサンの方が何万倍もマシだ)。

「熱でもあるのか……?」
「超低体温」
「頭でも打ったか?」
「打ったかもしんねー」
「お大事にな……」
「おいちょっと待てって!」

あろうことかクソ猫はこの俺様を置いていそあそと帰り支度を始めている。普段ならこんな奴と雑談なんざ願い下げなのだが今日に関しちゃ事情が違うのだ。誰かに話さないと頭がどうにかなりそうなのだ。
立ち上がった猫の尻尾を強引に引っ張ると、奴は情けない声を上げてへたり込んだ。猫って尻尾が一番過敏なんだったな、気色悪い。

「で、何だ。ナマエ?」
「ナインと仲良い女の子。知ってんだろ?」
「何度か話したことはあるが、貴様まさか」
「そんなんじゃねーっての! ただちょっと可愛くね? とか思っただけで」
「テルミのような奴にもそんな感情があるとは驚きだ。良かったな」
「何がだよ」
「ナマエもお前の事をカッコイイと言っていたぞ」
「え」

ナマエちゃんが本人のいない所で人の事を褒めるなんて有り得ない。良い所も欠点も何も考えずに面と向かって吐き出すような人間である筈だ。が、俺はガラにもなく猫の台詞に頭が真っ白になっている。
俺が知らないだけでナマエちゃんも存外普通なトコがあって照れつつも恋愛相談をしちゃってるとか? 無くは無い気がする。だって俺って中々話しかけにくいし? 結構怖いし? 女の子だったら嫌厭しがちな雰囲気だし?

「何をニヤニヤしている。嘘だ」
「テメェぶっ殺すぞ」
「冗談だ。ナマエは確かにテルミの事を褒めていたぞ。よかったじゃないか」
「嘘吐きは舌抜かれて死ぬんだぜ?」
「閻魔大王か。懐かしい」
「知り合い?」
「そんな筈なかろう」
「つまんねーの」

これで良いだろうと言わんばかりに猫は腰を上げたが、確かにこれで良かったのでもう尻尾は掴まない。それよりナマエちゃんが俺のことを褒めてたとか、口許が緩みっぱなしの俺は背後の気配に少しも気が付いていなかった。

「テルミくん?」
「うわ、え、ナマエちゃん!」

猫は人間の数十倍と言わない程耳が良いらしい。まさかアイツ、と考え始めたら今まで殺して来たお仲間サマ達にいくらか申し訳ない感情が湧いてくる。
ナマエちゃんはいつものようにヘラヘラ笑いながら俺の目の前に腰掛けた。ナマエちゃんは椅子に座るとき、少し左に寄るクセがある。

「今日もひとり? 彼女いないの?」
「いねえよ! 募集中!」
「じゃあわたしなってもいいですか?」

時間が止まった。
と言うのは俺の主観の話である。時間は巻き戻るにせよ止まることは無い(少なからず俺様の今までの華麗なるループに関しては)。体感時間は背筋が凍る程度引き延ばされて、瞬間「はい!」なんて行儀良く返事をしてしまっていた。
ナマエちゃんは呆気無さそうに笑いながらウエイターにオレンジジュースを注文している。時を動かしたのはやはり音を立てまいとグラスを置いた店員の手つきだった。

「わーい、初彼氏だー」
「え、嘘、マジで?」
「嘘」
「んだよ……」
「って言うのが嘘」
「どっちかハッキリして下さい」
「テルミくんってわたしのこと好き?」
「当たり前だろ! じゃなきゃこんなに嬉しくねぇっての! 殺すぞテメェ!」
「テルミくんになら殺されるのもアリかも」
「殺すわけねーだろうが! 馬鹿か!」
「テルミくんに言われたく無いかな」

そうだ、コイツは思った事がすぐ顔に出るタイプの馬鹿だ。
からかっている気になっているクセに顔が赤らんでいる。そのザマがどうしようもなく可愛いもんだから頭をグシャグシャ撫でると、ナマエちゃんは迷惑そうな上目遣いをした。可愛い。齢いくつかわかんねえ俺様は恋に恋をしてしまった。


20190326

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