短編 | ナノ

脈絡も無いけれど急にこの人のことが好きかもしれないとか、意識をしだしたら周りがなんにも見えなくなってしまうのがわたしの悪い癖だ。とか思っていたら大概の女はそんなもんなのだから安心する。と同時に多数派でしかない自分なんかが嫌になって、こんな在り来たりな女をどうしてあの人が好きになるのかとドツボにハマってしまうのだ。わたしはめんどくさくて言い訳がましい女です。叶いそうに無い恋心を肴に酒を煽るぐらいしかやることがないんです。

「来週のテスト大丈夫なの?」
「ナインはいいよなア、免除だもの」
「卒業よりも大切なモノがかかってんのよ」
「ナインはいいよなア、ナインは」
「あんたの指してることってどうせテルミのことじゃないの」
「ナインはー」

同じクラスにはやんごとない女の子が二人もいる。幼稚舎の頃は特に差の無かったこの子達は、気が付いたら世界を救うグループの中核だった。そんなに責任重大でめんどくさそうなのには興味が無いけれど、わたしが羨んでいるのはそのグループにテルミさんがいることだ。
ナインとトリニティとお茶を飲んでいる時大概いる場違いなフードの男をわたしは最初こそ疎ましく思っていた。けれどなんかの拍子でかっこいいかも、と思ってからがこのザマだ。もうわたしはダメなんだ。

「あいつフリーなんだから思い切って声掛ければいいじゃない。それぐらいなら許してるわよ」
「許す?」
「ナマエと会話することを」
「あー、あの性格悪い魔法」
「あんたも言うようになったわね」
「だって今わたしナインのこと嫉妬の対象でしかないし」
「手放せるもんなら手放したいわよ。でも」

テルミさんはあんなに素敵なのに、ナインに性格の悪い魔法を掛けられている。一回テルミさんからお食事に誘われたことがあるんだけれど、ナインの命令で仕方なくって言っていたのだ。ソンナことされたって嬉しくもなんともない(でもお食事には喜び勇んで赴いた)。

「わたしもナインになりたい」
「ナマエは私よりずっと素敵よ。私はナマエになりたかったんだから」
「そんなばかな」
「◯◯◯◯っているでしょ」
「一個上の?」
「そう。アイツ私の誘いは用事があるって断るくせにナマエの用事には地の底まで付き合うじゃない」
「わたしあの人無理。ナインになりたい」
「なる?」
「え?」



( ここまでが序説なんです )



かくしてわたしはいとも簡単にナインになってしまった。使っちゃいけないっていう精神を入れ替える魔法の現場にいたのはわたしとナインだけだ( つまり私とあんたが黙っていたらこの術は無かったことになるの。解った? )( うん、黙ってる )。念を押す彼女の顔は今まで見たどの般若面より恐ろしかった。幼馴染とわたしの血液は魔法陣の上で混ざり合って、瞬間意識が飛んだかと思うと次にまばたきをしたら視界が広くなっていた。背の高い人間には世界がこんな風に細やかに見えるのだ。
途方も無く悪いことをしているのに、わたしの心は当然と言わんばかりに弾んでいた。この魔法は一日限りの夢みたいなものだ。ただ寝ている時に見る夢と違うのは、お互いに継続の意思確認が取れたら延々と続くことである。ナインは件の男を、わたしはテルミさんを各々本物の自分に靡かせることができたらそこで夢が現実になる。

簡単な話なのに現状そうそう上手くいかなくて、ナインはわたしのあまりに宜しくない友人関係に苦戦して、わたしはテルミさんの掴み所の無さとナインに対する憎悪では無いがマイナスな感情にお手上げ状態だ。それからナインはわたしの身体を肩が凝らないと歓喜していた。わたしはと言うと急にくっ付いたバレーボールを一人で揉みしだいてますます嫉妬の念を加速させている。

「テルミ、今日暇よね?」
「あ? 俺様にも用事があんだけど」
「命令よ。私の友人にナマエっていたの覚えてる?」
「ああ、眼鏡ほどじゃねぇけどあの鈍臭い奴だろ」
「(覚えてもらってる、感激!)あの子を家まで送ってきてやって」
「しゃーねぇな。何時にどこで待ってりゃいいんだ」

だからわたし達は趣向を変えることにした。
そもそもナインもわたしも自分の精神でなく肉体の方に意中の彼を振り向かせなければ意味が無いのだ。それを必死こいて自分の精神の方で仲良くなろうと思っていたから駄目だった。例の先輩はわたしをわたしと思ってナインの誘いに乗っていて、テルミさんはナインからの命令に絶対服従だから心ここに在らずで付き合っている。
そうでは無く一旦精神という殻を脱ぎ捨てて、身体と仲良くなってもらうのだ(決して卑猥な意味では無い、決して。というかナインの精神でわたしの肉体と繋がられたらそれこそ嫉妬の神になってしまう)。
あアなんてややこしいのか! しかしこの作戦はいとも簡単に成功することとなる。

「ナインって妹いるんだっけ」
「ええ、治癒魔法では私も敵わないの」
「ふーん。家柄って凄いな」
「私は努力。妹は才能ね」
「ナインでも努力ってするんだ」
「案外私も普通の女の子よ」

かくしてわたしは正直苦手な先輩と帰路を共にしている。
あくまで利益主義で繰り出す会話は際限無く広がった。これと同じくナインもわたしの身体で上手いことやってくれているんだろう。

「ナインがこんなに自分の事を話してくれるなんて思ってなかったよ」
「いつも話してなかったかしら」
「言っちゃ悪いけど怖い顔して何も喋舌らないから嫌われてるものだと」
「緊張してたのかもね。ところで最近ナマエとはどう?」
「ナマエ? 妹みたいだから気に掛けてただけで何にも無いけど」
「そうだったのね!」
「え?」

その日の深夜、わたしとナインは家を抜け出していつもの小会議をしていた。わたしの出した情報にナインは歓喜の声を上げて、ナインの与える話にわたしは感動を覚えている。

「テルミさんって好きな人いるんですか?」
「あ? いねーけど」
「じゃあ気になってる人とか」
「しいて言えばお前はちょろちょろしてておもしれーけど」
「それって好きとか」
「さぁな。しかしお前、結構辺鄙なとこに住んでんのな」
「人通りはありませんけどいつも歩いてるしあんまり感じたことありませんでした」
「危ねぇしこれからは送ってやってもいいけど」

これは大きな収穫だ!

「大体私がテルミ相手に敬語使うのってバカバカしいのよ」
「わたしは先輩相手に敬語使わないの結構楽しい」
「……やっぱりナマエって良いわね。気が変わった、本当は今日までって思ってたけどまだ身体借りるわよ」
「え、えー」
「この術はただでさえお互いの合意が無いと成り立たないの。その上術者は私。分かったわね?」
「へいへい。じゃあ明日からもこの路線で」



( 最近わたしは変な夢を見るようになった )



夢の中で大戦は激化して、わたしの身体はナインの精神ごと死んでしまった。先輩もテルミさんも巻き込まれて、人類はこのまま終わるんだって絶望よりもわたしがわたしとしてテルミさんに想いを告げられなかったことにひたすら後悔している。
目が覚めたらその後悔が、大戦で無くともナインが死んでしまったら戻れないのではないかとか、肉体が滅んで魂の居場所が無くなって自分が永久に浮遊霊になるのではとか、そもそもナインが一生わたしの身体でいるつもりなのではとか、色んな不安で汗が止まらないのだ。
明日は絶対にナインに身体を返してもらうように頼もう。そう考えているのにテルミさんと過ごす何気無い時間が惜しくて言い出せずにいる。
たかだか精神が入れ替わっただけなのでわたしはそんなに勉強が出来ず、ナインの成績はどんどん落ちていった。やんごとない会合も暫く開いていない。一方のナインの方は、持ち前の頭脳と才能をわたしの身体でも発揮してなんだかわたしがわたしで無くなっていくような気がして更に怖くなった。アイデンティティってどこにあるんだろう。このところわたしはナインの身体にも興味が無くなっている。美人だし魔力も莫大だし、ナンテことはわたしにとってはどうでもよかった。

「おい、顔色悪ィぞ」
「気にしないで。それよりナマエ……」
「あのさ、お前ナマエちゃんだろ?」
「え」
「精神入れ替えたんだろ。最近やっと気付いたわ」
「え、いや、そんなことある訳ないじゃない!」
「どういう理由かは知らねぇけどその術ずっと使ってたらどっちにも戻れなくなるぜ? まあそれはそれで面白ェけど」

ケタケタ笑いながらテルミさんがわたしの肉体の元に去っていく。この人を舐めていた、とはわたしだけのセリフでは無い。しかしてナインは一向に術を解かなかった。もう終わりだ。テルミさんはナインの身体のわたしをわたしとして話しながら、言いつけ通り毎日わたしの身体のナインと帰っている。

「ナイン、どうして返してくれないの!」
「ナマエも合意の上だったでしょ? 戻れなくなるだなんてテルミの詭弁よ。そもそも揶揄われてるだけに違いないわ」
「こんな事しても幸せになんてなれないよ」
「両親がいて目立たず凡庸なアンタに何が分かるの」
「才能があって特別なナインに何が分かるの!」
「……ね? だから私達、このままでいいと思うの」
「訳わかんない。もう知らない」



( ナインが唐突に身体を返すと言ったのはその翌週の話である )



やっと戻った自分の身体は確かに肩凝り知らずだ。ナインはブランクを感じさせない大魔法をばかすか行使している。テルミさんは相変わらずナインに絶対服従で、わたしには先輩が付きまとっている。
先輩が突然襲って来たらしい。それで何もかも嫌になったんだって、勝手な奴。だからわたし達は自ずと疎遠になっていた。

「離れてみて気付いたが本当に好きなのは猫だったとよ」
「て、テルミさん!」
「戻れて良かったじゃねぇか」
「どうしてここに!」
「さぁな」

獣兵衛さんとナインは宜しくやっているそうだ。うーん、やっぱり彼女はわからない。
大体魔女は孤高で心底で何を思っているか分からないやつなのだ。傍目からもわかりやすいわたしが十聖の一角と縁遠いのも頷ける。

「仲直りしなきゃ」
「同じ事アイツも言ってたぜ? 嫉妬してて悪かったとかもどうせナマエちゃんだって思ってんだろ」
「テルミさんって何でもお見通しなんですね。魔法使いですか?」
「魔法使いだけど」
「そうでしたね」
「やっぱナマエちゃんっておもしれー。おら、帰んぞ」

明日は仲直りしよう。それから明日はわたし自身でテルミさんに告白するんだ。
ナインは泣いた後笑った。わたしもおんなじ事をして、禁断の術はいともあっさりと終わってしまい詳細も炎の中に溶けていった。

「まだ私になりたい?」
「もう巨乳は懲り懲りかな。ナインは?」
「肩が凝るのも悪くないわね」
「でもね、時間が戻ったらなーとか思うようになった」
「記憶そのままで昔に戻れたら素敵ね」
「時間戻らないかなー」
「戻す?」
「え?」


( 禁忌の呪文 )


170908

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