短編 | ナノ

雨だれ


サーーーーーーーーーーー……


目が覚めた時からずっと雨が降っている。こんな調子だったら予定もあったもんじゃない。もとよりなんの計画も立っていなかったくせに、悪天候だったら損した気分になって、晴れたとして過ごし方は変わらない休日が始まった。朝から晩までゲームと、音楽と、惰眠と映画を貪る。
そうと決まれば(決まっていたけれど)下準備だ。暖房を点けてシャワーを浴びて、先に映画を観るかゲームをするか、音楽なんて結局のところ気を紛らわす目的なのでいつからかかっていても関係無いのだ。って無音の中で考えていたら番狂わせが入った。


ピンポーーーーン


「あれ、ハザマくん?」
「暇でしたので」
「わたし忙しいんだけど」
「5分でよろしいですか?」
「8分ください!」
「タオルを頂けませんか」
「ティッシュでいい?」
「8分ですね」

電光石火での部屋の誤魔化し(掃除とは言えない)はわたしとハザマくんの間では最早普遍性を持っていた。なんやかんや15分程度かかるところまでだ。ハザマくんごめんなさい。
きっちり18分、ハザマくんは文句も言わずに待っていた。なんだか犬みたいだなア、狐が主人に懐くのかは知らない。ハザマくんは性格は猫みたいな子だ。わたしはハザマくんに何度かプロポーズをされては断っていて、わたしもハザマくんに時折愛の告白をしてフラれている。

「間が悪い」
「はいはい、着替え出して頂けませんか?」
「三段目に入ってるよ」
「洗濯棚の上ではなくなったんですね」
「男の人来たから」
「お手洗いお借りします」
「便座下げてね」
「はいはい」

総ての予定が狂ったけれど狂っていない。ハザマくんは時折フラッとわたしの部屋を訪れては、何もしないで帰っていく。大体文庫本を読んでいて、たまに紅茶を要求して、わたしはケエタイ機でゲームをしている。その間身体のどっかが触れ合っているけれどもそれから先っていうのは特段なくって、なんとなくなんかあったらなアと思ってはお茶と一緒に飲み込んだ。わたしは駄目人間なので結構な頻度で男の人が家に来る。そうでない時にハザマくんが現れるんで、淋しくっていつしか1人では寝付けなくなっていた。

「昨日ね」
「凄いですね」
「聞いてよ」
「ミョウジさんの話、中身が無いので」
「まあそうだけど、コンビニのクジが当たって結構嬉しかった」
「それがこの紅茶ですか。マズいんですが」
「紅茶は昨日の人の忘れ物だよ」
「洗面所失礼しますね」

言うや否やハザマくんは紅茶を全部流してうがいをし始めた。最近の彼は吐かな、あ、コンロに昨日のカレーがかかっている。

「もしかして捨てた?」
「まあ」
「そういう潔癖迷惑なんだけど」
「もう少し節度を持っていただけませんかね」
「気持ち悪い。わたしのなんなの」
「友人ですが」
「元上司のくせに」
「×××さん先日お辞めになりましたよ」
「わーいざまぁねえやーい」

ハザマくんは戻るや、横になってるわたしを当然みたいに枕にして、身体を斜めにして寝転がる。ケエタイ端末ばっかり弄って、見ているのは未解決事件の一覧だった。正義感がお強いんですね、とか嫌味を垂れても彼は涼しい顔をしている。開いてんだか閉じてんだかわからないお目々は滅多なことで色が変わらなかった。こういう、人間味が無いところが酷く嫌いだ。気に食わない。

「帰ってよ。忙しいんだから」
「この雨の中ですか?」
「やっぱいいや。シャワー浴びなくていいの?」
「お借りします。ご一緒されますか」
「する」
「勘弁してください」

なんとなく上手くいかないけれどその瞬間瞬間がたまらなく居心地が良いとも感じている。とうのハザマくんはどうだか知らないがキット彼のことだから特段何も考えていないンだろう。ケエタイ端末に厳重なロックを掛けて、ハザマくゆはのろのろと立ち上がる。電気給湯の位置もバスタオルの場所も彼は熟知しているが、時折増えたり減ったりするシャツについては気が付いていないだろう。


ジャーーーーーーーーーー


シャワーの水音は絶え間無く響いている。水道代も馬鹿にならないからシャンプーする間ぐらい閉じてと言っているのにこの人は聞いてくれた試しが無い。
ソンナのをビージーエムにしながら読みかけの本に手を出した。内容なんぞ頭に入っていないのでいつも導入から仕切り直しだ(私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでも先生と書くだけで本名は)。
そもそもわたしは何事にも深い関心が持てないのだ。だから部屋の調度品はチグハグだし一人称も人の呼び方も相手方もコロコロ変わる。ソンナ自分が旅人のようで気に入っているだけで、実の所は自分が無いだけだった。空虚は空虚で便利なモノで(これをただ阿呆と言うのだが)わたしには常に誰かがいる。男なんてのはただ女の優位に立ちたいだけなのよ、とか高尚ぶるのは薄ら寒いがそれでもわたしはここ数年変わらずに阿呆のままでいた。どこまでもどうでもいいからどんな人にでも合わせられる。けれどやっぱり我が強いから数ヶ月と保たずに去っていく。

「ミョウジさーん」
「なにー」
「シャンプーが切れ……あ、見つかりました。いいです」
「へーい」

買い置きの場所すら把握されている。彼がわたしの家に立ち寄るようになって、冷静になるともう何年も経っていた。年月を考えると途端に自分はナンテ馬鹿なンだろうと、羞恥心と後悔と哀しみと色んなものが入り混じった気持ちになるから嫌いだ。
肩にタオルを掛けてハザマくんはいつもみたいに前髪をかき上げている。そうしているとまるで別人みたいに感じるのだ。閉じてるんだか開いてるんだか分からない糸目は普段は胡散臭くにこやかに見えるのに、一度眼を見開くや途方も無く冷たくて意地が悪いヤツに感じる。この人のそう言った二面性が、いや、違う。

「また変えたんですね」
「安物の匂いがいやっていうから」
「私、ナマエさんのことが好きなのですが」
「ここぞってところで名前で呼ぶとこ嫌い。あと1分前だったら君のこと好きだったのに」
「間が悪いものですね。1分前まで死んでいただきたいぐらい嫌いでした」
「ふーん」


ザーーーーーーーーーーー……


雨がいっそう激しくなっていくものだからまるで天がハザマくんを帰すまいとしているかのようだ。あと何年すれ違ったら歯車が噛み合うんだろうか。それよりも早く擦り切れてしまいそうだ。
ならばさっさと止まってしまって欲しい。時間だけどんどん進んでいくのにわたしだけなんにも動かないまま天気と気分とタイミングに支配されている。ハザマくんから漂う新しいシャンプーの香りはわたしには心底不愉快だった。今度の男の人もこの人の代わりにならない。なんて憂うつな気分なんだろう。


ザーーーーーーーーーーー……


きっと雨が止んでもわたしはハザマくんを帰さない。



2017.08.25


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