短編 | ナノ

※現代パロデイ



出来ればこのまま消えてしまいたい心地で、出来得る限り人通りの少ない路地を選んで選んで歩いている。もしここでレイプされたらキット心底興奮するのだろうけれど、一歩間違えて引っ手繰りにでも遭おうものならばこの自暴自棄な気持も台無しだ。
そういえば腕時計を忘れて来たのになア、彼はわたしを追い掛ける素振りすら見せなかった。今頃肌寒くて散らかった部屋でグッスリ眠っているんだろう。足に合わないプレゼントの靴が疎ましくて、素足でコンクリイトを歩いてみたら、そっちの方がよっぽど厳しいからすぐに辞めた。タクシーが物欲しげに隣を過ぎて行く。誰でもいいから声を掛けて下さい(甲斐性の無い彼の人の替わりに、ならないのだから心情は不味く出来ている)。
わたしは、寒空をフラフラ歩いている。多分この後小一時間程度、Scriabinが終わるまでこうしているんだ。ポケットから震えるアラートは、家に待っている誰かの合図だった。欲しい物は先刻置いて出た。この小気味悪い二重生活は、恐らくは、どちらかが真っ当になるまで続く。今日は久し振りにセックスをしなかった。彼の人はキット気を悪くしただろう。わたしだけがほんの少し真人間になり掛けている。じゃないとこんな風に、小径ナンテ歩いていない。
フッと立ち寄ったコンビニエンスでは、ワンオペレーションの店員さんが消費期限の切れた食糧品に奮闘していた。コーヒーとか、飲みたかったのにあんまり遅いものだから店を出る。どう頑張ってもテルミさんの家からわたしのおうちまでは大通りを挟む必要がある。


( 自分の不幸が蜜の味 )


町内の美化活動に興味を持ったのは、それが運気を上げるからとか言う俗っぽい理由だった。ベンチで参加賞のラムネを頬張っていると、彼はわたしの隣にドカッと座ってコンビニ弁当を広げ始めた。

「ブロッコリー食わねえ? 苦手なんだけど」
「はあ……」

確かソンナ感じのことを話した気がする。まだ冬の寒気の残る三月の事だった。後から訊けばそう言うのが彼の常とう手段だったらしい。子供っぽい部分を見せて安心させるんですって。派手すぎるパーカーにばっかり目が入って少しだって安心しなかったけれど、指先で摘んだ萎れた野菜を咀嚼しているわたしに彼はどんどん聞いてもいない身の上噺を語り出した。仕事がどうとか、恋人と上手く行っていないとか、明日薄型テレビが届くとか、心底どうでもいい。
次に彼に会ったのも矢張り清掃行事の後だった。その次が夜の公園だ。

「飲み行くぞ」
「え?」
「名前何だったっけ」
「え……ミョウジですけど」
「じゃなくて」
「ナマエ?」
「ナマエちゃんな。奢ってやるから着いて来い」
「え」

ただの三回目なのにわたしは馬鹿正直に、家に置いた誰かに仕事が長引いたと嘘を吐いて暖簾を潜っていた。なんとなくだけれど、なんとなく、ソンナ感じになるんだろうなアとは薄々感じていた。名前も朧気なソノ人のベッドで一頻り愉しんで、バレないように髪を結ってから、洗面台に置かれた化粧水を眺めていた。テルミさんだって悪い事をしているんだからか、特段罪悪感は覚えなかった。

どちらも好きとも言わないで、キスだけしないのを免罪符に会うこと9ヶ月間、家で待つ誰かはわたしの変化に当然のように気が付かない。本心はどこかで止めて欲しかったのに、いつしかその誰かが邪魔で仕方が無くなっている。わたしの残業は遂に夜を明かした。それでも何かの償いみたいに清掃活動は続けている。それぐらいがわたしとテルミさんを繋いでいる気がしたのだ。テルミさんを好きになるのは然程時間が掛からなかった。
なのにわたしの家から誰かが居なくなるることは無くて、テルミさんの家にある不釣り合いなシャンプーは尽きるどころか種類が増えていく。分不相応なトリートメントにわたしはスッカリ女を磨かれている。コンナ感じだからいつ来ても最初に来た時みたいなんだろうなア、仕方が無いけれど、テルミさんには恋人がいた。別段不満も無くて、何なら円満なぐらいある癖に、テルミさんとわたしは週に何回か会っては良く無いことをしている。何と無くソレが自分を保っていた。真面目一辺倒に育っていたわたしの、神様かなんかに対する対抗意識みたいなものだ。わたしだって悪い事を悪いと思いながら良いように出来るんだとかいう、至極しょうもない自己主張だ。本当、バカバカしい。
だったのに、テルミさんは急に遠退いていった。だからわたしは神社に通って、天然石を身に付けて、まじないに縋って、化粧にお金を掛けて、もう少しでも気を惹こうと躍起になっている。それも多分今日で終わりだ。いつも帰路で通話していた筈なのに音楽なんか聴いて、家に着くと誰かがあったかくして待っている。もうとっくに戻れないぐらいテルミさんが好きなのに、誰かは何にも知らないからわたしを優しく抱き締める。キスを三回程度して、疲れ果てて眠ろうとするのを少しだって邪魔しない。


本当に、あのまま死んでしまいたい。


二人で仮眠を取ったので、午前二時になっても少しも眠れなかった。頭の中ではあの女のいない空想上の仕合わせを何度も再生しては逆再生を繰り返している。妄想はいつも結婚式で終わっていた。それ以上に続かないのは実際の結婚を知らないからだ。あーナンテ虚しいの! それからわたしは悟るンです。わたしは可哀想なわたしが好きなだけなンです。

隣では誰かさんが眠っている。この人と添い遂げるって書面でも交わしたのに、それをわたしはテルミさんに言いませんでした。隠していることが優位に立つことだと思い込んで、誰からも愛されない自分になりたくなくって、だけれど彼の囁いた愛の小言を忘れられないンです。

「なあ、このまま俺の子供産まねえ?」
「え………っと(ここで口籠ったことを多分わたしは一生後悔する)」
「ナマエちゃん、腹減った」
「ご飯食べに行きましょうか」
( その他もろもろ )


愛する人は星に乗って消えてしまったと妄想しながらも、多分またいつかケエタイが鳴るのだろうなアとか、そういう、希望的観測でしか物事を見られなくなったのはキット夢の中の世界に止まり過ぎたからなのだ。わたしは明日から違うわたしになる。そう確信付いても明後日にはまた同じことを繰り返している。


2016.11.29

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