短編 | ナノ

世の中にわたしとハザマさん以外がいなくなってしまった。これは何かの罰なんだ。わたしは、少しだってこの人のことを好きな瞬間が無かったのに。


道化街道


誰もいない国に放り出されてから最初の朝、わたしは泣いて泣いて泣いていたから顔はスッカリ浮腫んで目がほとんど開かなかった。そんなわたしを見ながらハザマさんは、コーヒー、とゆで卵、とか冷たく指示を出していた。
誰もいなくてもガスや電気や水道は通っていて、わたしは言われたまんまにハザマさんの好みに合わせてお湯の中に踊る卵を計っていた。なんとなくむかついたからゆで卵の残り湯でコーヒーを淹れた。

「ひどい出来です」
「酷いのはハザマさんだ」
「外食でもしますか」
「うん」

誰もいないけれどあたたかいご飯はテーブルの上に置いてあった。ハザマさんはハンバーグ、わたしはオムライス、ちょうどさっき作ったばっかりみたいに、とろりとデミグラスソースが卵の上を滑っている。
本当は焼き魚が食べたかったんだけれどなア、とか、ワガママは言ってられない。わたしは大人なんだ。成熟した女性なんだ。それがいけなかった。誰もいない二日目の夜、ハザマさんは毛布をかぶるわたしに覆い被さって身体を触ってきた。気持ち悪くて突き飛ばしたら大人しくなった。わたしは精神だけ子供の大人だ。

「おはようございます」
「最低」
「コーヒーとゆで卵を、残り湯は勘弁して下さいね」
「バレてた」

誰もいなくてもラジオは放送されていた。向こう三日間雨が降るという。最悪だ。ハザマさんと部屋で過ごさないといけないだなんて!
誰もいない三日目の夜は別々に寝た。淋しくって気が狂いそうだった。

「ハザマさん、朝です」
「…………」
「ハザマさん、ハザマさん」
「……………………」
「ハザマさん、いなくならないでよ」

誰もいない四日目の朝にわたしはハザマさんに縋り付いて泣いていた。ハザマさんまでいなくなったらいよいよこの世界には誰もいなくなってしまう。そしたらなんだ、ただ夜更かしをしていただけでハザマさんはその二時間後に不機嫌そうに目を覚ました。ハザマさんが生きているのが嬉しくてわたしはまた泣いた。ハザマさんのことを好きになってしまっていた。

「ハザマさん、一緒に寝ましょ」
「突き飛ばされるのは御免です」
「もうソンナことしませんから。ハザマさん」
「仕方ありませんね」

誰もいない五日目の夜は雨音しか聞こえなかった。ハザマさんはわたしを抱かないで、隣でスヤスヤ眠っていた。それがなんとなく悔しくてわたしはいつまで経っても眠れなかった。

「ミョウジさん、朝ですよ」
「鳥もいない」
「大切な話があるのですが」
「なに」
「出掛けることになりました」
「わたしも連れてって」
「一人は嫌ですか」
「いや」
「子供がいれば安心でしょうか」
「作るの?」

次の朝わたしのお腹は大きくなっていた(あっ、蹴った)。こんなことを望んだんじゃないのに。こんなことを望んだんじゃないのに。こんなことを望んだんじゃないのに。ハザマさんは宣言通り出掛けてった。こんなことを望んだんじゃないのに。こんなことを望んだんじゃないのに。


道化街道


結局わたしのお腹はへっこんだ。それと同時にハザマさんはさも当然みたいに帰ってきた。出掛けるとか言うから長くなるのかと思っていたら別にソンナことは無くて、ハザマさん、両手に花束を持って玄関を足で開けていた。

「おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
「それ、どうしたの?」
「餞に」

多分わたしのお腹のせいだ。雨の上がったベランダに花を並べて、わたし達は手を合わせて涙を流した。次の日には忘れた。


道化街道


「ハザマさん」
「はい」
「ハザマさんやーい」
「何ですか」
「暇ですね」
「踊りますか」
「わたし、能しか舞えないよ」
「煙草でも吸いますか」
「吸えないくせに」
「ミョウジさん」
「はい?」
「暇ですか?」

暇ですけど、とあまりにわかりきっているから返事をするのも怠かったけれど律儀に応えてやったら、ハザマさんはなるほど、と俯いて瞬間電話を持って部屋を出て行ってしまった。誰もいない国に放り込まれてからほどなく三ヶ月が経つ。わたし達はたまに庭先の風化した花を見ては戒めのように避妊具を着けてセックスした。どちらかが起きたらどちらかを起こして、どちらかが笑えばどちらかが笑って、依存しているみたいにおんなじことをしていた。おんなじことをただただただただ、この世界にはわたし達以外いないから、時間も気にしないでただただただただ、月に一度わたしはちょっとしたことでイライラしてしまう一週間が起こった。そんな時ハザマさんは、あったかいカフェオレと優美な音楽を用意してくれた。どろっとした血が流れる内はわたしは安心して過ごせた。折角のわたしとハザマさんだけの世界を、誰にも邪魔はされたくなかった。


されたくなかったのに!!!!!!!!


「おはようございます」
「ご苦労。朝から精が出るな」
「(出るのは反吐だけですが)」

ハザマさんが電話した先はキット世界の他の人達を戻すスイッチを管理している妖精だ。次の日、わたしは当然みたいにレリウスの野郎の雑用を押し付けられていた。なんとなくそんな気はしていたのだ。ハザマさんがわたしのことが好きで、でもわたしがあんまり受け入れ無いんで、レリウスの野郎に頼んで世界からわたしとハザマさん以外を隠したんだ(わたしとハザマさんだけを別の変な世界に移したとも言えよう。しかし世界はわたし中心だ。わたしが皆いないと言えば世界から誰もいなくなっているのだ)。
レリウス大佐様、わたしはあなたがたの術中にまんまとかかってしまいましたよ。誰かがいる世界に押し込められてもわたしは相変わらず、暇で、つまんなくて、ハザマさんのことが好きだった。


道化街道


「ミョウジさん、怒らないでください」
「怒ってないけど余計なことした」
「いつまでもあれでよかったんですか」
「よかった」
「私でよかったのですか」
「よかった」
「でしたら」

次に行く場所はきっと、本当に誰もいない国だ。ハザマさんの言う滅日は差し迫っていて、それがきたら皆で各々が恐れる黄泉の国に送り出されることになる。それでも別に良かった。ハザマさんがわたしだけを愛してくれているから。

「あの子と一緒に待ってるよ」
「きっとミョウジさんに似ていますよ」
「嘘つき。わたしは孕んでなんかない」
「ミョウジさん、愛しています。悪いことをしました」
「わたしは遊ばれてたのね。とんだ道化みたい」
「私こそ、貴女に弄ばれた道化みたいなものですよ」

本当は思ってたのと違った。わたしは仕方なく貴方を愛したけれど、貴方は一体どうだったの?
誰もいない国に生まれたかった。ハザマさんしか知らずに育ったら、キットわたしは本当にハザマさんを愛することができたんだから。


2016.06.18

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