短編 | ナノ

「じゃあ告っちゃえばいいじゃん!」

マコトはいつでも直情的だ。わたしにソンナことが出来るはず無いって分かっているのに、悪意も無く決定的な提案を叩き付ける。顔を真っ赤にするわたしを宥めてくれるのはノエルだけだ。マコトが言うに、わたしはなんだか見ていてムズムズするらしい。

「無理」
「だったらいつまでもこのまんまだよ? ハザマ大尉に彼女とかできちゃうかも」
「ハザマさんに、彼女……!」
「マコト! あんまりナマエをからかわないであげて!」
「ごめんごめん、冗談だって」

顔は良いけど胡散臭いから彼女なんて無い無い、とマコトは言うけれど隊内には絶対にわたしと同じ悩みを持っている女子がいるはずだ。それは大人の女性かもしれなくて、虎視眈眈とハザマさんの隣を狙っているのである。
ナンテ考えていたら本当にいてもたってもいられなくなって、マコトの言うようにいよいよ勝負を決めなくてはいけないと気が変わってしまう。いやいや、わたしはこの恋心を密かに抱き続けたまま死ぬのだ。永遠に報われない恋慕ナンテ素敵ではないか。そして想い人は一生童貞のままで、お互い異性の温もりに身体を落ち着ける悦びを知らないまんま生涯を終えるのである。という妄想を語るとさすがのノエルもわたしの肩を抱く手を退けた。

「歪んでるなあ」
「歪んでるね……」
「そんな目で見ないで! とにかく、わたし告白なんかしないから! 黙ってるから!」
「もうとっくにバレてんのにね」
「そんなわけない!」

ハザマさんとはわたしの部署で指揮を執る大尉様である。ミステリアスでしかし面倒見が良くて、何度助けて頂いたことかわからない。だから好きというわけではなく一目惚れだ。初めてその緑の髪に対面した時から、わたしはズット彼のことが恋しくて恋しくて仕方ないのだ。
わたしにとって、ことハザマさんへの恋は神聖な感情で、結ばれた途端に終わってしまう刹那的な美しさを孕んでいる。だって両想いになったらそれは恋じゃなくて愛とかいう、まこと生臭いものに変わってしまうのだ。彼を想って態度に一喜一憂してみたり、流れ星に願い事を聞かせたり、物陰から後ろ姿を眺めたり、ソンナいじらしい行動は意味を成さなくなる。想いを秘めることそのものが美しいのだ。今わたしは他のどんな女性よりも煌びやかである。
だからわたしはハザマさんにこの好意が伝わらないように、話し掛けられても逃げて、食事に誘われても断って、執務室には行かず、悪態をつくようにしている。ここまで徹底しているのにバレている筈がないのだ。これを知っているのはマコトとノエルと、カグラ大佐とライチさん、ラグナさんにタオカカちゃん、キサラギ少佐、ツバキとレイチェル=アルカードだけである。

「それ本気で言ってるならもっと自分の行動を省みた方がいいと思うよ……わかりやすすぎ」
「わざわざ逆のことしてるのに?」
「それがダメなんだって」
「それこそ考え過ぎだよ! ハザマさんには一切バレてない筈だから!」
「まあ楽しそうだからいいけどさ……」

あア、こんなに面倒臭い友達でごめんなさい。休憩時間が終わって、マコトもノエルも持ち場に戻ってしまった。わたしはハザマさんに迷惑を掛けるためにもう少しだけここで寛ぐ所存である。ハザマさんを想いながら!


***


「マコト=ナナヤ少尉!」
「どうかしましたか?」
「ミョウジ少尉を見掛けておりませんか? 休憩から帰られていないようなのですが」

アタシの友達は少し変な子だ。そしてとてもわかりやすい。ナマエは病的に(それはもう病的に)ハザマ大尉のことが好きで、悟られたくない一心で子供みたいな嫌がらせばかりしている。まるで片思いの女のコに意地悪をしちゃう男子のようで、その上対面したら顔は真っ赤になるし緊張して上手く話せなくなるんだから側から見たら丸分かりなのだ。
ハザマ大尉は珍しく慌てているようだった。ナマエがいない。なるほど、予鈴を聞いても全く動く気配を見せなかったのはそういうことか。

「あー、ナマエならまだ食堂にいると思いますよ」
「そうですか……。私、ミョウジ少尉から嫌われちゃっているんですかね」
「え?」
「呼び止めても無視をされますし、誘いに乗って頂けたこともありません。私と同じ持ち場の時だけ勤務態度が著しく悪くて、そこまで嫌われるようなことをした覚えは無いのですが……」

側から見ても明らかに分かる筈のナマエの気持ちに気付いていないだなんて、ハザマ大尉はなんて、こう、上司に向かって言うセリフではないけれど、なんてバカなんだろう! 目が点になっているわたしを置き去りにしてハザマ大尉は、もし気を悪くさせるようなことをしているならば直したいのですが、何か知りませんか? とか天然そのもののように言っている。上手く耳に入ってこないなあ、からかわれているんだろうか。

「え、えーっと、ハザマさんはナマエのことは?」
「部下に言うのもお恥ずかしい話ですが、好きですね」
「え、えー」

もうこの二人の距離感にはついていけない。じゃあ告っちゃえばいいんじゃないですか? とだけ返事をして、ハザマさんが慌てる姿をちょっとだけ鑑賞してアタシの仕事は終わった。


***


それから何日かして、マコトが面白おかしそうに私だけを呼び出すから、なんだろうと思って行ってみたらナマエとハザマさんのことだった。ハザマさんもナマエのことが好きなんだって。特に新鮮さも無い話題だけれど、ハザマさんはナマエの気持ちに気付いていないっていうのを聞いて変な笑い声が出てしまった。
色恋沙汰には疎い自分でも、あんなにあからさまに好意を向けられたらわかってしまう。それにマコトには言っていなかったけれど、何回断られても食事に誘っている時点でハザマさんもナマエが好きなんじゃないかなって感じていた。

「ハザマ大尉、どうするんだろうね」
「それよりナマエだよ。もし告白されたとして素直にはいって言えないだろうから」
「あーそれあり得る! ナマエってほんっと不思議なとこあるよね」
「変わってる……よね」

ナマエだって恋愛経験が無いわけではない。私なんかよりずっと大人で、士官学校時代は先輩と付き合ったり同期と噂になったり人並みに青春を謳歌していた。その結果があれだから、ナマエは本当にハザマさんのことが好きなんだろうなあと思う。
ナマエがおかしくなってしまったのはある意味ハザマさんのせいだ。おかしいなんて言っちゃいけないけれど、ハザマさんに好意を寄せているナマエはなんていうか、ちょっと怖い。

「二人が付き合っちゃったらさ、どうなるんだろう」
「うーん、ハザマさんもちょっと変わった人だし、お似合い……なんじゃないかなあ」
「ちょっと職場は気まずいかも」
「キサラギ少佐とツバキみたいなものじゃない?」
「あ! そう考えると面白いかも! じゃあ行くねー!」
「行くってどこに?」

ハザマ大尉とナマエをくっ付けに! マコトは飛び切りの笑顔で駆け出した。私にも何かいいこと起きないかなあ。


***


「ミョウジ少尉! 捜しましたよ」
「え、どうしてここが……」
「ご友人から教えて頂きました」

今日はあろうことか、ハザマさんと二人きりでの仕事だった。なので絶対に見つかるまいと減給覚悟で第四師団の休憩室に変装までして篭っていたのに、チャイムが鳴るや否やハザマさんはこのドアを開けた。

「仕事に戻りましょう、と言いたいところですが、実はお話があって来ました」
「とうとう懲戒免職ですか」
「いいえ。私ミョウジ少尉のことが好きなのですが、どうすればいいかと思いまして」
「え」

私の幻想は一瞬にして、形になると同時に崩れ落ちてしまった。秘め事にする為の逃亡がどういうわけか実を結んでしまった。けれどわたしは当たり前にハザマさんが好きで、勿論恋人になれたらとも考えている。そもそもハザマさんがわたしのことなんか気にも留める筈が無いから歪んでしまったのだ。そうだ、ハザマさんのせいだ。

「責任取ってください」
「辞職すればいいということでしょうか。ミョウジ少尉は私のことがお嫌いなことでしょうし仕方ありませんか」
「馬鹿! 嫁に貰え!」
「え? 喜んで引き受けますけれど」
「ハザマさんって変な人ですね」
「ミョウジ少尉の方が変な方ですよ。嫌いな人間の嫁になるなんて」
「うるさいです! 好きだから避けてたんです! 気付けよ馬鹿!」

ハザマさんは終始困った顔をしていた。困っているのはわたしの方だ! 配属されてから今の今まで抱き続けていた淡い想いにいきなり終止符を打たれてしまったのだから、これからわたしは何を支えに生きていけばいいのだろうか。それはきっとハザマさんだ。愛はなまぐさいけれどあたたかい。

「結婚したらミョウジ少尉と呼ぶのも変な話ですし、今からナマエさんと呼んでもよろしいでしょうか?」
「え、あ、あ、勝手にしろ!」
「それではナマエさん、仕事に戻りましょう」
「……はい」

遠くからマコトの笑い声が聞こえた。わたしって、いい友達を持ったよなア。夢じゃないかと頬をつねったら痛かった。思っていたよりもズットあたたかい掌がわたしの拳を包んでいく。この人は案外手が早い。



20151128

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