短編 | ナノ

あなきごえ


テルミさんは本当に彼女のことが好きでした。愛だなんてそんなものが彼にあって良いのでしょうか。人のことを器だとか言ってこき使っておきながら、自分には並の人生を送る権利も無いのにこの男は生身の身体を使って幸せそうにしている。それを疎んだことも一度や二度ではありませんが、あまりに、あまりにテルミさんが彼女に対して真っ直ぐなものだから不愉快を通り越して面白くなってきてしまったのです。
私にはそういった甘ったれた感情はありませんでした。テルミさんの愛して止まないその笑顔にもなんら心を動かされることも無く、目が覚めて彼女が隣にいればなんとなく気まずくなるばかりで、だから相手の立場になって考えることなんて出来るはずも無いのです。彼女は私が実はユウキ=テルミであることも、テルミさんが本物のユウキ=テルミであることも何も知りません。ただの人です。普通の人なのです。

呻くような嗚咽が自分の口から漏れていることに気付いて、ああ、何かありましたか、と問い掛けても返事はありませんでした。私の視界はただ真っ暗で何も見えません。つまりはテルミさんが目を伏せているのであります。いよいよ夢が醒めてしまったんだと私だけが気付いておりました。彼女は死んだのでしょうか、失恋の線は薄い筈です。二人は傍目にも、心底愛し合っていましたから。
極悪非道のテルミさんでもこんな顔をすることがあるのか。目を覆う腕の、カッターシャツに滲む水分が纏わり付いてひたすら不快でした。私にはその程度しかわかりません。同じ身体だからって他人事なのです。それも、特に好きでも嫌いでもない同僚のような人ですから、もし私にも愛する人がいたのならば悲しみを共有することが出来たのでしょうけれど、そういった人間らしい感情を育むことを否定したのは他でもないこの人でした。

「テルミさん、次がありますよ。元気を出してください」
「次なんて無ェよ」
「あなたらしくありませんね。まさか、次会う彼女は彼女ではないとか仰いませんよね……さすがにありませんか。ユウキ=テルミさん」

12月も下旬で、きっとこのまま事象を続けていこうとすら考えていたのでしょう。それでもピースが揃わない以上どうしようもないし、現状をどうこうするにはテルミさんが彼女への未練を断ち切るかもう一度やり直すかしかないのです。

「俺もハザマちゃんみてぇになりたかったわ」
「長く生き過ぎたんですよ。たたでさえ精神しか無いんですから、余計なことに感性が敏感になってしまうのも無理ありません」
「きっつ」
「亡くなったんですか?」
「まあそんなとこ」
「遅かれ早かれこうなることはわかっていたことではありませんか」

どんなに思い出を作ろうが、写真を残そうが、どうせ決まった日程に終わりが来るのだ。テルミさんは強い人でした。今までに何度も同じ人を愛しては、次に会った時にそのことを忘れているのです。感情の最後の防衛本能は忘れることなのだという話を聞いた時、私は真っ先にテルミさんとミョウジさんのことを思い出しました。何も覚えていないテルミさんに、私はどうすればいいと言うのでしょうか。

「もうやめてくださいよ」
「何の話だよ」
「いいえ。ただ私はテルミさんのようになりたかったものです」

修復される関係を誰より近くで見ていても私は何も感じることができないのです。楽しいことを喜んで、悲しいことに憤怒するテルミさんのようになりたかった。なくし過ぎてもう私には失うものが何もありません。それでも膨大な他人の記憶が残っているということは、結局私とテルミさんは趣味が違うのだろうと推測して人のように振舞うことしかできないのです。



151128

back
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -