短編 | ナノ

( アバン・タイトル )



甘い夢を見ているようでした。僕はとても罪深い人間なのに、総てが赦されたように、愛する女性の肌は柔らかくて安心するのです。彼女がまるで僕に興味が無いことを知っている。
自分の身体なのに自分では無いような感覚がするのです。僕の、平均より少し高い身長はあまりに細いので二つの精神を持て余していました。だから一人が起きていると一人は寝ているのです。二人とも意識があるなんてことは滅多に無くて、僕は起きる度に哀しいほど悪化していく情景を眺めることしかできませんでした。
一生分の仕合わせを戴いたのに、どうしても縋ってしまうのです。追い求めるのはいつも優しい微笑です。温い体温です。過去の無い身体にすんなりと溶け込んでくるのです。
目が醒める度にミョウジさんとテルミさんは愛情が、どんどん深くなっていました。少し昔に彼女の隣にいたのは僕だった筈なのに、もしもっと早くに切り出せていたならば彼女は僕を待ったに違いありませんでした。けれど一日が過ぎて二日が過ぎて、幾日も幾日も、今更僕が話し掛けたとしてきっとテルミさんには敵いません。ミョウジさんは僕のことをやっと吹っ切れたんだと言っています。あなたのおかげと笑っています。貴女が話し掛けているテルミさんは今は僕なのに、彼女はそんなこと少しも気付かないことでしょう。僕は全部諦めていました。これがわかっていて道を踏み外した僕に与えられた罰でした。

「テルミさん、おやすみなさい」
「おやすみ」
「返事するなんて珍しい」
「そういう気分ですから」
「敬語が似合わないね」
「あ、ああ……たまにはな」
「変なの。じゃあまた明日」

彼女の言う明日は来ませんでした。テルミさんは悪い人なのです。僕はきっと一生をかけてテルミさんを憎み続けます。



( オープニング )


身体の中に残る拒絶反応は、単純に異物が混入したせいでは無くもっと根本的な原因があるに違いない。知識として頭に入っているだけで前任のカズマだとかいう器のことを私は知らない。地味で特筆すべき点が無い為に彼の様子は紙一枚で済む程度だった。彼が何を思ってどうしていただなんて気にもならない筈であったのに、レリウス大佐を訪ずれているのは目が覚めた瞬間の不調のせいだ。こんなのはいつどんな時も感じなかった。元々完全に一体にならない性質であるのは理解している。しかしあまりに違和感がある。

「レリウス大佐の技術に疑問はありませんので、やはりカズマ=クヴァル……でしたっけ? 彼のせいだと思うのですが」
「私もカズマのことはほとんど知らない。自分の胸に聞いてみろ」
「記憶、無いんですけどねぇ」
「ならばテルミにでも聞け」

私はここまで不調だというのに、とうのテルミさんはいつにも増して愉快そうに笑っていた。そのうち分かるって、とか呑気に話すのだ。


( エー・パート )


「申し訳ございません! お怪我はありませんか?」
「大丈夫です」
「腕から血が……すぐに手当て致します」

思うように身体が動かないせいで、不意を突いて女性に怪我をさせてしまった。日常生活にも支障が出始めている。
救護室には誰もいなかった。見よう見まねで、傷付けてしまった左手首を洗って、ヨードチンキを塗って、痛みに歪む顔を宥めながらガーゼを切る。まっすぐ裁つことすらできずに毛羽立った切り口を折り曲げて誤魔化し、サージカルテープで留めて、一通り終わったので立ち上がると次は目眩だ。

「す、すみません! ……生きてますよね?」

傷跡が残りそうな程深くナイフで刺してしまった女性を、次は押し飛ばして気絶させてしまったのだ。ここまで来れば最早故意が無いと言い逃れも出来るまい。それが私と彼女の最低な馴れ初めである。

「傷、残ってしまいましたね……」
「ハザマさんがお嫁さんに貰ってくれるんなら平気だよ」
「責任は取りますよ」
「本当に? 付き合ってもないのに」
「それならお付き合いしますか?」
「まだ早いって」
「結構本気だったんですが残念です」

どうしてこんなのが友好的に捉えられたかといえば、単純に波長が合ったとしか言いようがなかった。上手く同期できないテルミさんよりもよっぽど私と彼女は一心同体だ。だからと言って彼女が私を男性として意識しているかはわからない。付かず離れずの間柄でしかいないが、恐らくあっちだって気があるに決まっている。
相変わらず身体は思い通りにならない。一方でテルミさんはひどく愉快そうにしているのが不気味で仕方なかった。何かを企んでいるとして、それが自分にまで抜けて来ないのは初めてだ。同じ身体にいるくせに、私の思考回路はそのままテルミさんに見えていてしかし逆は全てとは言えない。テルミさんは好きな時に好きなだけフィルタを掛けて、それでいて外の空気を吸いたい時に表に出て用が無くなると引っ込んでしまう。
今回目覚めてからはよりテルミさんにとって都合良く身体を使われている気がした。その間に何をしているかなんて器に過ぎない自分の知る所ではない。

「ハザマさん、たまにどこかに行ってるけれど、何の用事なの?」
「仕事ですよ、仕事。諜報部は忙しいのでたまりません」
「もっと遊んでいたいのに」
「申し訳ございません」
「でもね、わたし友達が出来たからいいの」
「ならば私も必要ありませんね」
「そんな冷たいこと言わないで。ハザマさんが一番仲良いんだから」
「それはそれは光栄です。ミョウジさんといると落ち着きますので」
「おべっかばっかり!」
「本心ですよ」

友達、が誰を指しているのかもっと興味を持つべきだった。確信と思い込んだものがあったから何も聞かなかったのだ。身体の不調はこれをキッカケにどんどん顕著になっていったのに、私は前任の出す危険信号をみすみす逃していたのである。ミョウジさんに感じる運命めいた感情はまさしく運命そのものだったのだ。


( アイキャッチとコマーシャル )


カズマ=クヴァルは上手くやってくれた。存在の定着に必要なのが憎しみならば、そんなものは簡単に調達できたのだ。一番手放したくないものが分かればそれを横取りしてしまえばいい。同居人だからって遠慮するつもりは少しも無いことにどうして気付かなかったのだろうか。案の定大成功を喫して、晴れて自由の身だ。自分を拘束するものはせいぜい猫の剣ぐらいでそれからも都合良く逃れる術を持っている。
記憶も経験も無いが見た目が変わらない新しい身体に同じ手段が通用するかという心配は杞憂でしかなかった。ここまでの手筈を整える面倒臭さも帳消しになるぐらい、面白いように事が進んでいる。これをどうして笑わずにいられると言うんだろうか。


( ビー・パート )


「カズマさんってどんな方だったんですか?」
「そのうち分かるって前も言ったろ」
「どういう意味かすらも理解に苦しみます」
「ゆで卵マニア」
「それなら知っています」

とか言いながらお喋りなテルミさんはペラペラと、何が好きで学校ではこんなことをしていて、なんて友人の紹介のように話し始めた。私が知りたいのはもっと内面の部分なのに、知っているくせに本筋にはあくまで触れないところに苛立ってまた頭痛がし始めた。
ここのところ不調は身体が動かないとか、決定的な違和感があるとかに加えて体調不良にまで発展している。そして何故だか気が短くなったようにも感じた。テルミさんの一挙手一投足が気に障って、障って仕方ないのだ。

「そうイライラすんなって。カズマちゃんとお前って似てると思ってたけど全然違うとこあったわ」
「どこですか」
「根がイイコちゃんだったみたいでよ、自分がしたことにいつも後悔してたな。んな事うじうじ考えてもどうにもなんねーのになあ?」
「それには同意します」

自分がしたこと、蒼を求めて人を欺いたことや、自分の身体で知り合いを殺したことだろうか。元々その為に作られたくせに悩むだなんて、私と彼との違いは恐らく環境だ。育った環境とかいうのを私は妄信していた。彼にあった数年の人間としての生活が私には無い。
それでも今はミョウジさんと駆け引きをしてみたり、体調不良で仕事を休んだ時は趣味に没頭したりと中々楽しんでいる。自分を拘束する厄介な魔法も無いからカズマ=クヴァルより何倍も自由に動いているつもりだ。
自分のしたことを後悔するだなんて発想はそもそも無かったのだが、もし彼ならば何か起きた不都合は罰だと自分を責めただろう。私ならば闇雲に元凶を問い詰めて、それから、それからどうしようか。

「ハザマ大尉様は育ちが悪ィな」
「テルミさんこそ、どうすればそこまで悪趣味になれるのか疑問ですよ」
「ま、こうじゃねぇと生きてらんねーし? 生存本能ってやつ」
「テルミさんがいなければそもそも私も存在しないんですから、せいぜい頑張って下さい」
「ハザマちゃんって一言余計だよな」

テルミさんとの仲も友好であるはずだった。ただ、次に目が覚めた時私は山吹色のあの毒々しいローブを着て裸の女性と毛布にくるまっていた。女性の腕には深い切り傷が残っている。間違えなくミョウジさんだった。


( エンディング )


「ミョウジ、さん……?」
「さん付けなんて珍しい」
「そういう気分ですから」
「敬語似合わないね」
「あ、ああ……たまにはな」
「変なの。付き合い始めたからって緊張してるの?」

ミョウジさんは私に(いいやテルミさんに)口付けて笑った。とてもじゃないが釣られて笑う気持ちにもなれない。彼女の柔肌が腕に、首に纏わりついてくる。テルミさんはわざわざ、これを見せる為に私に身体を明け渡したのだ。

「明日ね、言ってたハザマさんって人に話そうかなって」
「それなら必要ありま……無ェよ」
「なんで? 気付かれてたかな」
「ああ」

途端に色んな記憶が流れ込むように頭に入ってきた。カズマ=クヴァルの愛した女性をテルミさんはいとも簡単に奪って、その上自分に傾倒し始めると無碍にして、彼はそうして二人から憎まれることで自分の存在を強固にしようと目論んでいたのだ。
器でしかない私達がそれを見ていることしかできないのをテルミさんは知っている。根が真面目で、気弱で、繊細な私達は微笑む彼女を失望させない為に口汚い台詞を取り繕ってしまうことを知っている。

「それじゃあまたね」
「……またな」

カズマ=クヴァルはこの仕打ちを自分の行動のせいだと後悔したならば、私はどうするか。先日の会話で見つからなかったそれから先は私の本能が独りでに見つけてくれることだろう。



( シー・パート )


消えてしまった精神の残り香のような憎しみに、いくら説教したところでそれは行く宛無く散ることならわかっている。ならば私は、残忍な仕打ちを受け入れて前任の二の足を踏まないようにするばかりだ。彼の無念を晴らすとかそんなことはする筈もない。
表と裏をひっくり返してしまえと考えないことも無かった。ただそうすれば、テルミさんのことは危険に晒せても彼を憎む気持ちが生まれることに変わりなく、結果思い通りになってしまうのだ。

「ハザマちゃん、どう思った? 失望した? 大好きな女が取られちまってよぉ」
「別に何とも。用がないのなら黙っていて下さい」
「は? 強がってんじゃねぇよ。ナマエちゃんのこと好きだったんだろ」
「私はこの件について、貴方に対して個人的な感情などありませんから」
「あ? どういう意味だよ」
「カズマ=クヴァルと私は別人だということです。計算違いでしたね」

一晩明けると頭はスッキリ働いた。ただの失恋に怨みや憎む感情を持つ方がおかしい話なのだ。ただなるようになっただけで、そもそもテルミさんを憎むだなんてお門違いである。

「ハザマちゃん冷たくねぇ? つまんねー」
「あんまりうるさいとあなたのご友人の所まで自首でもしに行きますよ」
「……やっぱ環境か」
「でしょうね」

私と彼との違いは間違えなく環境だ。彼にあった数年の人間としての生活がこの男を調子付かせる為の材料で、それが無いのだからそもそも成立する筈の無い計画だったのである。
これからテルミさんが彼女をどうしようが、私にはもう関係の無い話だ。失恋に落胆出来るほど豊かな感情が私には無い。


( スタッフロール )


ミョウジさんとすれ違った。もし人として生まれることがあれば、その時にもう一度会いたいと思う気持ちを押し殺した。


151122

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