短編 | ナノ

「眠れないんですか?」

と言ったのはどちらだったか。朝方なんてものではなくてとうに九時を回っている、昨日のこの時はもう出勤していたから丸一日と1時間半起きっぱなしということになる。
わたしは柄にもなく甘えてくるハザマくんの頭を撫でていた。寝ているのか起きているのかわからない表情はなんとなく穏やかで、このまんま眠って欲しいとも思うけれどそうしたら相手をしてくれる人も、相手をする人もいなくなってしまうから複雑だ。たまにナマエさーんとか、用事も無いのに名前を呼んではニコニコしている。ハザマくんは疲労が溜まったら壊れる。

「寝なくていいの?」
「ナマエさんが寝たら寝ます」
「ハザマくんが寝たら寝る」
「じゃあ寝ません」
「寝よう」
「その話、六時間前にしましたよ」

金色の目玉を覗かせて、キメゼリフでも吐くかのように恰好付けて放ったのは怠惰の証だ。わたし達はなんとなく眠れなくて、ぼんやりとした頭で何をするわけもなくかれこれずーっとこうしている。疲れた身体でセックスをしてみたらむしろ頭が冴えてしまって、ただ体力は無くなったのでひたすら何もしないでだらだら、だらだら、折角の休日はキットこんな感じで終わるんだろう。

「寝ましょう」
「寝る前にキスしてください、ナマエさんから」
「その話三時間前にしたよ」
「男っていうのはいつだって求められたいものなのですよ」
「はいはい」
「あーくっそ眠い」
「ハザマくん?」
「失敬」

なんて言いながらハザマくんは目蓋を伏せて(いつも伏せられているけれど)唇を尖らせて突き出した。完全無欠のハザマ大尉のこんな姿を誰が想像するだろうか。口調なんていつもの敬語こそ取り繕っているけれど、どことなく舌足らずでトーンが高いのだ。いやに上機嫌なのは寝ていないからに違いない。たまにフフッとか変な笑い声まで出して、だから根を詰めて欲しく無いのだ。多忙が重なるとハザマさんは別人みたいになった。体調を崩さないだけマシだけれど、酔っ払いのそれみたいにぐでんぐでんに甘える彼は見るに堪えない。
いいや勿論甘えられるのは嬉しいしいつもベタベタして頂きたいものだけれど、あんまり差が激しいから付いていけないのだ。犬か猫みたいだなアと思う。喉元に手をかざしてみても、当然人間はゴロゴロ言わない。

「イライラしてきました」
「え?」
「眠気はあるのに寝付けないなんて拷問もいいところですよ! 全部ナマエさんが悪いです」
「えー」

言いがかりもいいところだ。恨めしそうにわたしの名前を呼ぶけれど、ごめんごめんと頭をぐりぐり撫でたらヤッパリ幸せそうな顔をする。身長の高い男性がスーツ姿で(この人は寝る時も決まってあの黒いスーツでいた。寝苦しくはないのか)横たわる姿はなんか、不似合いだ。けれどこれを可愛いなアとか思ってしまうのだから世話無い話である。

「ナマエさん」
「今度は何?」
「メンテナンス前なので言いますけど、普段はこんな台詞死んでも言いませんが、ナマエさん」
「メンテってそんな、ロボットみたいなこと言っても」
「働き詰めるとこうなるのはご存知のはずですが」
「まあ、そうだけど」
「ナマエさん、大好きです。あー! 言ってしまいました!」
「ああ、うん……」

苦笑と嘲笑しか表情の無いハザマくんは、この世の終わりみたいに恥ずかしがって顔を赤くしていた。こっちの方がよっぽど人間らしいからいつでも体調を崩していて欲しいナンテ彼を思ったら口が裂けても言えないけれど、年甲斐にも無く足をばたつかせるハザマくんはとても愛しく思えた。

「わたしもハザマくんのこと大好きだよ。いつも言って欲しいな」
「無理です! そう軽々しい男ではありません!」
「じゃあ別れる」
「言います!」
「ハザマくん、そろそろ寝ようか」
「そうですね」

スイッチが切れたように、次の瞬間ハザマくんは寝息を立て始めた。せめてわたしの膝からは退いてくれと立ち上がると、中途半端なところで腰にしがみつかれて身動きが取れなくなってしまった。
仕方ないからそのまま身体を壁に預けて目を閉じる。髪を撫でたら腰を掴む腕の力が上がった。なんて愛しい恋人でしょうか。


***


「ハザマくん、書類」
「職場ではハザマさんと呼んで下さいって言いましたよね? 公私混同されては部下に示しが付きません」
「あーすみません。ハザマ大尉、書類お願いします」
「あ、ミョウジさん」

スイッチが切り替わったみたいに、翌々日のハザマ大尉はしっかりしていた。面白くない。これだから、もしかしたらああいう状態は疲れたわたしが見せた幻影なのではないかとすら思えるのだ。

「何ですか」
「ミョウジさん、今日はいつにも増して素敵ですね。……」
「え? あ、それって!」
「今の私ではこれが精一杯です! わかったらさっさと持ち場に戻って下さい」
「はーい」

けれど確かに現実なのだ。これが精一杯だなんて、歯の浮くような台詞が口をついては出てくるのはむしろ真面目な時のハザマくんだ。今度はわたしが顔を赤くして足をバタバタさせたい番だけれど、それは家に帰るまでとっておこう。


20151115

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